一、
護と月美が月華学園を飛び出し、燃えゆく街に足を踏み入れた頃。
陰陽寮の職員たちは、この混乱を収めるために動いていた。しかし、指揮系統がまとまらないうちにこのような大惨事が起きてしまったのだから、混乱は必然と言えるだろう。
そんな中でも、混乱することなく、的確な指示を出している青年たちがいた。
「陰陽課と退魔課の人間はいますぐ街に出て妖の討伐、および要救助者の救助を!情報課の人間は式占に長けた人員とともに今回の事態を引き起こしている存在の探知を!」
「戦闘力をもたない人間は避難民の安全確保!連絡用の式神を使役している奴は情報課の職員と連携して前線で戦闘をしている職員とパイプをつないでくれ!」
「結界術と治癒術を扱える奴は避難所へ!避難民の安全確保が最優先だってことを忘れるなよ!!」
青年たちの指示のもと、陰陽寮の職員たちが動き始め、徐々に混乱は収まっていった。
その様子を、別の空間から眺める三人の人影があった。
「徐々に、成長しているようですな」
「連携も、まぁ、悪くない」
「今後に期待、ですね」
翼と保通、吉江は青年たちが奮闘している様子を眺めながら、三人は言葉を交わす。
そして、ちらりと別の方を見る。そこに写っていたのは、護と月美、そして桜と勇樹が合流し、暴れだした妖を退治している光景だった。
護と月美は、陰陽寮の申請で退魔課の職員として、街で暴れている妖の討伐を行っている最中だったらしい。
偶然とはいえ、陰陽寮の任務で常にパーティを組んでいた四人が合流したことに気づき、どちら側ともなく、行動を共にすることを提案し、今に至るという状況だ。
「街中も同じような状況よ……正直、昼間から遭遇したくない類の連中ばっかり」
「まったく、本当にどうなってるんだって状況だ、な!」
護と桜が互いに背中を預け、周囲から集まってくる妖と戦闘を繰り広げながら、会話をしていた。そこから少し離れた場所でも、同じように珍しい組み合わせの二人が戦闘をしながら言葉を交わしていた。
「それ、本当か?」
「本当。前に話してくれた液体生物の鳴き声を口にしてたし、ね!」
護と月美は自分たちが置かれた状況と、遭遇した人外についての情報を、勇樹と桜は街の現状をそれぞれ報告しあっていた。その結果わかったのは、東京で未曾有の霊的災害が発生してしまった、ということだけで、原因やその他の有力な情報は得ることができなかった。
しかし、護と月美はひとつだけ、確信を得たものがあった。校舎内でいきなり飛びかかってきた、テケリ・リ、と奇声を発する、玉虫色の眼球をした生成り。それは、勇樹と桜が以前遭遇した液体生物の特徴と合致していた。
そして、その玉虫色の生物は、旧支配者招来の儀式を行うときにも、護衛としてある人物が使役していたという二人の経験から、今回のこの災害に旧支配者が何らかの形で関与していることは間違いない、という結論に至ることはできた。
「ラッシャー!」
勇樹の怒号とともに放たれた拳を受け、吹き飛ばされた生成りで、どうやら最後だったようだ。
周囲に敵がいないことを察知すると、護たちは再び街中を走りはじめた。陰陽寮からの任務である、要救助者の救助と妖の討伐を行うために。
しかし、走れども走れども、救助者どころか妖の姿も見ることはなかった。
「……任務完了、ということか?」
「さてな。だが、ひとまず帰還してもいいんじゃないか?」
勇樹のつぶやきに、護は携帯を取り出し、陰陽寮の職員に電話をかけながら返す。
そうは言ったが、護自身、今も何か言い知れぬ気配を感じている。要救助者のものではない、ということはおおよそわかっている。妖、それも先日であった鵺や鬼といった類の、記録に残っている妖から感じられる気配だ。
しかし、どこから来ているのか、それがわからない。
職員と連絡を取り終え、護は再び周囲を警戒する。
見られている。そう感じていたのは護だけではなかった。その場にいた全員が、不穏な気配を感じていた。自然と、互いの背を預けるように陣形を組み、臨戦態勢に入っていた。
「なるほど、勘はいいようだな」
四人の耳に、声が響く。
声の主の姿を探し、四人は周囲を見渡す。ふと、一軒の民家の屋根に、ひとつの大きな影が見えた。
いや、よくよく見ればそれは九本の狐の尾のようなものが作っている影だということに気づく。実際はもっと細身の、若い人間だった。服装からして女性だろう。しかし、その顔は狐の面をかぶっているため、素顔を見ることはできない。
九本の尾と狐の面。
狐の化生に縁の深い護と月美は自分たちの目の前にいるものが何者であるか、すぐに悟った。
日本に伝わる怪奇と妖異の物語。その中でも特に有名な狐の物語。あるときは宮廷に、またあるときは時の権力者の傍らに控え、裏で日本を操り、日の本に混乱をもたらした大妖怪。
九本の尾を持ち、千年を生きる狐。人に討たれ、死してなおその姿を岩に変え、毒という形で呪詛を撒くほどの力を持つ大妖怪。
その名は。
「……九尾」
護は顔をしかめながら、その名を口にした。




