十、
屋上に到達したとき、最初に視界に入ってきたのは、護が強く無事を願っていた二人の少女だった。しかし、ほっと安堵したのも束の間、護の顔はすぐに驚愕で固まった。
目の前に広がっているそれは、いつだったか護が夢で見た光景だった。
「……やっぱり、遅かったか……」
護は顔を悔しげに歪めながら、二人には聞こえないように呟く。
しかし、視線の先に気づいた月美は振り返り、その光景を見て、同じように驚愕した。いや、その瞳は、こうなるかもしれないことを知っていた護よりも恐怖にこわばっているようだった。
屋上から町を見下ろした先にある景色。それは、昼間だから、そして、夢のときとは異なり上から見下ろしている形になっているためなのだろう。周囲は赤に染まっていない。しかし、あちこちでまるで狼煙であるかのように立ち上っている煙や、倒壊した家々、そしてかすかに聞こえてくる悲鳴、それらはるか下で広がるその光景は、御使いが護に夢で警告した、この国の未来の姿そのものだった。
「……陰陽寮の職員には連絡した……平野、お前はここにいろ。翡翠、こいつを頼む」
この凄惨な光景を、生まれ育った場所が火の海に包まれているという、平和主義を貫いてきた日本ではまず起こりえない光景を目にしたためなのだろうか。てきぱきと指示を出す護の声は、とても冷ややかなものだった。
しかし、彼の心の奥底には恐怖がまだ深く根付いているようだ。声が、微かだが震えている。どれだけ取り繕っても心の根元に張り付いてしまった恐怖を、完全に引き剥がすことはできなかったようだ。
それでも、護は戦わなければならない。この国を守る。それが、葛葉姫命との契約だから。
護は月美の方を向き、静かに、そして何かの決意に満ちた声で問いかけた。
「月美、一緒に……戦ってくれるか?」
「……もちろん」
問いかけに、勝気な微笑みを浮かべながら、まっすぐに護を見つめて答える。
その答えに安堵したのか、護は静かに微笑み、校舎へと戻っていった。その後ろに月美が続くが、一瞬だけ、明美の方へ向き直る。
「……いってきます」
強い決意を秘めた瞳を明美に向け、月美は出立を告げる。明美はそれに対して、何も言わない。いや、言えない。
すでに二人が非日常の存在であることはわかっている。そして、彼らが戦う理由も、知っている。
だからこそ、止めることはできない。
けれども、送らなければならない言葉はある。
「……いってらっしゃい。絶対、二人一緒に帰ってきてね」
明美の言葉に、月美は微笑みで、護は右手をあげて答えた。
無事に帰って来れる保証はない。いや、最悪の場合はどちらかが死亡する可能性も大いにあり得るのだ。それでも、帰ってくる場所を守るため、二人は再び校舎へ戻り、戦場に身を投じるのだった。
護と月美が再び校舎内に戻り、街の現状を確認するため、生成りで溢れる階段を下り、ようやく校門を抜けた頃。別の場所でも街の異変を感知した人間がいた。いや、こうなることを予期していた人間、というべきだろうか。
宮の最高責任者である市原吉江は、東京の現状をこことは違う、別の次元から眺めていた。
「……やはり、こうなってしまったわね」
吉江はそっとため息をつき、窓の外に広がる凄惨な光景を見つめる。
星の運行は絶対。それゆえ、人が歩む道筋は、星により定められるところが多い。しかし、すべては人次第。ゆえに、護はこの状況になることを避けるために、そして友護は今のこの状態に陥る可能性を考慮し、護と月美に新たな霊具を与えた。
――けれど、こうなることは必然。変えることのできない、未来
ゆえに、大戦の狼煙が上がったことは致し方なきこと。それでも、未来を決めるのは、いつでも現在を生きる人間。
――あなたたちには、重荷を背負わせてしまうことになる。けれども……
それが、あなたたちを苦しめることになると、わかっている。しかし、これは未来のための布石。
だからどうか、今はこの戦局を生き延びて。
この場にいるだけで、何もすることができない女性は、ただただ、自分の教え子とその子らに関わってきた若き術者たちの無事を祈っていた。




