八、
玉虫色の異臭を放つ液体生物が変化したのか、それとも憑依されたのか。とにかく、この生徒が何かしらの形で旧支配者側の勢力と関わっていることを悟った護は、紙一重で彼の猛攻を回避しながら、捕獲するべきか、それとも討伐するべきかを考えていた。
「……とりあえず、縛るか……不動明王の名において、怨敵封縛を願い奉る、急々如律令!」
護はつぶやくと同時に不動明王印を結び、言霊を唱える。護が結んだ印から、薄い水色の光を放つ縄が出現し、生徒に向かって伸びていき、獲物を捉えた蛇のように絡みついた。その速さは目で追うことはできても、回避することはできないほどのもので、抵抗むなしく縛られた生徒は床に叩きつけられた。
「けけけけ、なにこれ?これなに?動けないよ、先輩。けり、けりりり」
意味不明な言葉を口走りながら、なんとかして縄の束縛から逃れ、護に飛びかかろうとするが、不動明王の加護を受けた縛魔の鎖は彼の動きを完全に封じ込めていた。
「無理に動くなよ?動けば体が持たなくなるぞ?」
もっとも、動きたくても動けないだろうが。
護は心の内でそう付け加え、やかましく喚き続ける生徒の口にハンカチをねじり込み、黙らせた。それでももごもごと何かを言っているのだが、先ほどよりは多少ましになった。
――さて、と……どうするかな、これから
護は周囲の惨状を見て、教師に連絡するべきか、それとも陰陽寮の職員に連絡をするべきかを考え、そっとため息をついた。
どちらに連絡するにしても、面倒なことになるだろうことは予想していたが。
ひとまず、教師に連絡して、それから陰陽寮の職員に連絡をしてもらうことが手っ取り早いと結論付け、護は階段の方へ振り向く。
そして、その先にある光景を見た。いや、見てしまった。
「……真昼間から勘弁してくれよ……」
護が見た視線の先、そこには牛のような角を額に生やした女子がいた。
般若、と呼ばれる役が能に存在する。この世の恨みつらみや憎しみなどの負の感情をかかえ、鬼となった女性、いわゆる鬼女というものだ。
しかし、目の前にいる女子はまだ人間の顔つきを残している。どうやら、鬼になりかけている、│生成り《なまなり》の状態らしい。
よくよく見れば、周辺で倒れていた生徒たちも同じように角が生え始めていたり、手足に何かしらの変化が生じていたりと、肉体の変化が起こっていた。
「……おいおい……撤退すべきか?これは」
護は苦笑いを浮かべながら、そう呟く。
ざっと見回しただけでも十数名の生徒がここに倒れていた。そして、それだけの生徒が妖怪化しているのだ。いくらなんでも一人で相手にするのは、かなり分が悪い。
「白桜、紅葉、青風、玄月、黄蓮!」
護は自分の使役である五色狐の名を叫ぶ。
主の呼びかけに応じ、五匹の狐が護の目の前に現れる。その毛並みは、名に表れているとおりの色をしている。
「陰陽寮に連絡を取る。時間を稼いでくれ!」
護が指示を出すと同時に、五匹の狐たちは臨戦態勢に入った。生成りが護に向かって突進してきたのと同時に、狐たちはその進路を妨害すべく、飛びかかっていった。




