七、
身構えた護の視線の先には、一人の男子生徒がいる。しかし、彼の目はすでに狂気に染まっている。
しっかり答えてくれるかどうかわからないが、護は彼に声をかけてみた。
「……これをやったのはお前か?」
「さぁ?どうだろうね?……これから死ぬ人には、関係ないと思うけど」
生徒の顔が笑顔に変わる。しかし、その笑顔は狂気にゆがみ、見るものに不快感や恐怖を覚えさせるものだった。
護はその笑顔にひるむことなく、こちらも犬歯をむきだして笑った。どうにも、ここ最近は戦闘が多くなってしまったせいなのだろうか、戦闘になると、どうしても抑えられない衝動に駆られることが多くなってきた。
「上等だ……試してみろよ」
右手で拳を作り、腰のあたりまで引く。左手は開いたまま半身になり、若干腰を落とし、いつでも踏み込めるように身構える。
剣を抜くことはしない。いや、この場でそんなものを抜いてしまうと、下手をすれば銃刀法違反でしょっぴかれる可能性が高くなってしまう。
「ふひ……ふひひひひひ、ふひゃぁ!!」
生徒は狂ったような笑い声を上げながら、護に向かって走り、獣のように立てた指を顔面に向けて伸ばしてくる。
それを紙一重で避けながら手首をつかみ、飛びかかってきた勢いに合わせて、廊下に叩きつけ、すぐに生徒との間合いを取る。生徒は、ぎゃっと短い悲鳴を上げ、苦しそうに呻きながら咳き込む。
受身もまともに取れない状態で背中から落ちたのだから、その衝撃は内蔵まで響いているはずだ。そうそう簡単に立ち上がれるはずはない。
普通の状態の人間ならば。
「……だよなぁ……」
生徒の様子を見て、護は苦い顔をする。生徒は咳き込みながら、ゆらりと起き上がってきた。体にはダメージが残っているらしく、力なく上半身はだらりと前に倒れかかっている。
「……痛いなぁ……なにするんすか?先輩!!」
まるで痛みなど微塵も感じていないかのように、生徒は再び護に向かって突進してきた。学習能力というものが存在しないのか、と心の内でつぶやきながら、もう一度、今度はもっと強く床に叩きつけようと身構えた。
だが、護の予想に反し、生徒は床を蹴り、天井へと跳び、そこから更に壁へと跳び、不規則な動きで護を翻弄させた。
どうやら、一度破られた技を何度も使うほど愚かではないようだ。
だがもっと厄介なのは、今、生徒に起きている肉体の変化だ。
――やれやれ、本当にどうなってるんだか……
護はもはやどう反応していいのか分からず、無表情のまま、生徒を見据える。彼の手足は、いや、手足だけではない、その体格はすでに平均的な男子高校生よりも大きくなっている。そして、その眼球は異様なほど見開かれ、充血している。いや、充血、と呼んでいいのだろうか。白目の部分は、玉虫色に染まっている。
「うけけけけ、けり、けりり、てけり、けりけり、り、てけり・り!てけり・り!!」
「……ちっ、こいつ、勇樹が言ってた連中の手先だったのか?」
護は生徒の猛攻を紙一重で回避しながら、先程から彼が叫んでいる意味のわからない言葉を聞き、呻くようにつぶやいた。
陰陽寮再興に伴い結成されたチームとして、勇樹が護に伝えたことがひとつだけある。
おそらく、戦うことになるであろう旧支配者を崇拝する人間。その人間が呼び出した可能性が高い、玉虫色の異臭を放つ液体生物。護が見るに、今目の前にいるこの生徒は、話で聞いていた容姿とはかなり異なっているが、つぶやかれている言葉は、あきらかに件の液体生物のものだった。




