六、
月華学園の異様な気配に、最初に気づいたのは清だった。もっとも、それを打ち明けたのは明美が背筋に嫌な気配を感じた翌日だったが。
「……なぁ、なんか昨日から学校の雰囲気、おかしくないか?」
「そうか?別にいつもと変わらない気がするが……」
護はそう答えながら、教室を見回す。あくまで個人としての感覚なのだが、特に何かが奇妙だと感じる部分はない。
だが、清の感じる雰囲気はその場にいる人間が発している感情からできるものであり、護が感じないものだ。そう言う意味で、護は清の感じとっているものを軽んじることはしない。
「……まぁ、何かが起きたらその時に対処すれば」
そう言いかけて、護は階下から何かの波を感じ取った。
護は、この波を知っている。いや、術者ならば常にこの波を感じ取ることができるはずだ。これは、呪いを使った時に現れる、霊力が揺れ動く波。
――誰かがまじないを唱えたのか……けどなぁ、ここ最近は……
護は心の内でため息をつく。
占いサイトの特典、それが流行しているせいでこの学園に通うほとんどの生徒が、言ってみれば簡単な呪術者になっている。そのせいで、どこでまじないが行われたのか、まったく見当がつかない。
「……遅かったかもしれない」
「もう、騒ぎが起きてるみたいだな」
護はそっとため息をつきつつ、清はどこか楽しげに、しかし苦笑いを浮かべながら、同時に教室を出て、一番騒がしい下の階へと向かった。
そこには、まさに地獄絵図と表現しても過言ではない光景が広がっていた。
意味のわからない言葉を叫び散らすもの、その場に立ち尽くすもの、壊れたように笑い続けるもの。そこには様々な精神疾患の症状を出している一年の後輩たちだった。
その疾患者たちの先には、血の海が広がっている。
「う、わ……」
「これは……」
その凄惨な光景に、二人は顔をしかめた。護はその光景を作り上げた原因を探した。
――おいおい……ここ、学校だよな
護の視線の先には、返り血を浴びたのだろう、体中を血で染めた男子生徒がいた。その傍らには、気を失っているのか、あるいは既に死んでしまっているのか、分からないが複数の生徒が倒れていた。
護は傍らにいた、比較的症状の軽い後輩に声をかける。護の姿を確認すると、生徒は慌てた様子で護に駆け寄り、支離滅裂ではあるが何が起きたのかを必死になって伝えようとしていた。
「あいつが何かのまじないを唱えて、そしたらみんなが血まみれになって、化物に襲われて!!」
「……だいたいわかった。君はあそこにいる人と一緒に、ほかの人を連れて避難してくれ……清、聞こえてんだろ?あと頼むぞ!」
突然、護に呼びかけられことで、現実に引き戻されたからだろう。清も若干焦りながら、護の言葉に答える。
「お……おぅ、わかった!お前は?」
「陰陽師がこういう場面に出くわしたら、やることは一つだろ?」
護はそう答えながら、こちらに近づいてくる後輩を睨みつける。
何がどうしてこうなったのかはわからない。だが、わかっていることはひとつある。それは、この惨劇を生み出した元凶が、今、目の前にいる後輩である可能性が高い。
ならば、同じ術者として、なにより、│臨時ではあるが陰陽寮の一員であり、陰陽師の端くれだ。これ以上、彼に術を使わせないようにすることが、現状で最も最優先すべきことだ。
護の意図を察した清は、ひとまず倒れている生徒を担ぎ、その場を離れようとした。しかし、一瞬だけ護の方へ向き直り、声をかける。
「……無理、するなよ」
「……善処する」
清に声をかけられた護は、すっといつでも戦えるよう、全身の力を抜き、身構えた。




