九、
勇樹がスライムの注意を引きつけているあいだ、護は手にした刃を地面に突き刺し、呪を唱える作業を七度繰り返した。
地面に描くのは、天に瞬く七つ星。北辰の周囲を周り、天帝を守護する七将星。
その星の最後の一つを地面に刻み付けると同時に、月美が呪を唱えた。
「天に瞬く七将星、加護を我らに。急急如律令!」
月美の高らかな声の響きとともに、地面に刻みつけた北斗七星が光り輝き、互いを光の筋でつなげた。地面に北斗七星が描かれると、護は独鈷を地面に突き刺したまま、刀印を結び、それぞれの切っ先を天と地に向ける。
紡ぐのは、この巨大すぎる液体生物を封じ込める言霊。協力を願うのは、地面に描いた北斗七星とそれに関わる諸神諸仏。
「清陽は天、濁陰は地にあり。伏して願わくば守護諸神、加護を与え給え――急急如律令!」
右手を天に、左手を地に向け、護は高らかに呪を詠唱する。その言霊に答えるように、北斗七星はまばゆい光を放ち、スライムを包み込むように収束していった。
巨大スライムは、その拘束から逃れようと身悶えするが、光の壁に触れた瞬間、じゅっという音を立て、壁に触れた一部が消失した。どうやら、触れれば浄化されるように術を施しているようだ。
「勇樹!」
何事もなくうまくいくかと思った矢先、護が勇樹の名を叫んだ。どうやら、結界だけでは処理しきれないことを悟ったらしい。
勇樹もそれを理解し、結界に向かって炎を放つ。炎は障壁をすり抜け、直接スライムに着弾する。
イフリートの炎はサラマンダーのそれとは、格が違う。着弾した炎はたちまち、スライムの全身を包み込み、その体を焼き始めた。
だが、限られた動きの中で、スライムは身を焼きつくそうとする炎を消しにかかった。その様子を見て、勇樹は目を閉じ、手甲に憑依したイフリートに呼びかける。
「イフリート、最大火力でいけるか?」
《いけなくはない、だが、あの召喚士の小娘が使っている術を解除してもらう必要があるぞ》
イフリートの言う小娘とは、おそらく桜のことだろう。
普段、勇樹は精霊の扱いに慣れていない。まして、四大精霊の力を扱うとなると、身体に相当の負担がかかる。そのため、負担を減らすために桜の術で憑依している精霊のマナを分割し、操っているのだ。
だが、それはつまり精霊の力を半減させていること同じだ。そのため、イフリートは桜の術を解除させることを提案しているのだ。
「桜、術を解いてくれ……一気に決める!」
「……わかった。無理しないで」
桜は勇樹に答えると、術式を解除した。その瞬間、勇樹の体に高熱が宿った。今まで桜に流れていたイフリートのマナが、一気に勇樹の方へと流れ込んできたときの感覚だ。
急なマナの流入もそうだが、四大精霊のマナが急激にこちらに流れ込んできたためだろうか。心なしか、勇樹は体が重たいと感じていた。
だが、それに耐え、マナを右手に集中させる。右腕に集中したマナはやがて炎へと変わり、勇樹の右腕を包んだ。
イフリートの炎で包まれた右腕を左手で支えながら、勇樹は右手の拳を結界に向ける。
「い……っけぇぇぇ!」
勇樹が叫ぶと同時に、炎はまっすぐにスライムの方へと飛んでいき、結界ごとその巨体を炎で包み込んだ。
発声器官がないため、叫んだのかどうかまではわからない。しかし、かなり苦しんでいることは、結界の中で必死にもがく姿から想像に難くない。
数分と経たないうちに、イフリートの炎は結界ごとスライムを焼き尽くした。




