二、
霊的保護機関のトップ会談により、重要な案件が決定しようとしていたころ、護は部屋の畳の上でうとうとしていた。
3月も後半に入り、ようやく暖かくなってきた頃だ。そして、春といえば「春眠暁を覚えず」という言葉がついて回る季節でもある。護もまた、その抗い難い睡魔と戦いを放棄して、一眠りしようかと考えていた。
「護よぅ……眠いのはわかるが、起きてないとあとが辛いぞ?」
いつの間にいたのだろう、白い毛皮の子狐が護の枕元で飽きれたような声を出している。
「……ん~、白桜か……あとが辛くても、今も辛いんだ……」
「だからって寝るな!起きろ!!」
「……おやすみ~……」
護はそういうと、くぅくぅと規則正しい寝息を立てた。
どうやら、本当に眠ってしまったらしい。
「……まったく、夜遅くまで修行してるからこうなるんだよ……」
白桜はそうつぶやき、近くにあったシーツを護の体にかぶせた。
弓削光の一件からこっち、ここ最近、護は陰陽師としての修行により一層力をいれるようになった。
どうやら、光だけでなく、保通にも術で競り負けそうになったことがかなり答えたらしい。
無論、本人は天狗になったつもりがないというのはわかっている。だが、妖だけでなく、人間を相手にしなければならないことを考えると、今のままでは本当の意味で命を拾うことになりかねない。
それゆえに、今まで以上に精進しているのだろう。
「……頑張れよ……」
白桜は、今こうして無防備な姿を見せている少年にそうつぶやいた。
次に目を開けると、護の目の前には炎が見えた。
夢だと言うことがわかっているから、護は落ち着いてその自分の周囲を見渡す。そして、その炎が、自分たちの住んでいる下町の家々から出ていることに気づいた。
――どういう……ことだ?
ふと、炎の中を動く存在があることに気づき、護は振り向く。
そこには、炎の中を悠々と歩く、巨大な存在があった。頭部はタコのようにも見えるが、背には蝙蝠に似た羽根が生えている。そして、その肢体はいびつで、不気味なふくらみを持っている。そのおぞましさから、この世のものなのだろうかと、その存在自体を疑ってしまう。
そして、その巨体の後ろには半魚人のような風体をした巨体が続いている。その背後をよく見ると、同じような風体の、しかし護と同じくらいか、やや背の高い半魚人が歩いていた。
その周辺では、魚のような顔をした人間の男が、服を引き裂かれ、裸体をあらわにした女性を無理やり犯している光景と、手にした刃物で男性を無残に引き裂いている光景が目に入った。
あまりのおぞましさのため、異形の行進と蛮行から目をそらし、もう一度周辺をよく見る。すると、倒れている人影を発見することができたが、どうやらすでに事きれているようだ。
そして、その遺体を見た護は、驚愕した。
――人間業じゃないな……
その体はまるで紙きれのように引きちぎられ、体だけではない、顔面にもこれでもかと言うほどの数の槍が突き刺さっている。
――いったい、誰が……
そう呟いた瞬間、護の意識は一気に別の世界へと引っ張られていった。