五、
護が自分の胸から伸びている白い糸をたどっていくと、そこには路地裏の暗がりが広がっていた。闇は、魔に属するものの住処。おそらく、そこから異界に入れるのだろう。
「……ここか」
護は糸の先が暗がりの向こう側にあるのを確認し、刀印を結び、呪歌を唱える。
「我が行く道をふさぐもの、阻む壁、打ち砕き、払いのけ。アビラウンケン」
大日如来の真言を唱え、護は刀印を十字に切る。その軌跡は、一瞬だけ、空中に光の筋を残す。光の軌跡が消えると、そこから混沌と呼ぶにふさわしい闇が渦巻いている。おそらく、ここから先が月美たちのいざなわれた異界なのだろう。
護は臆することなく、その渦の中へと身を投じた。
護が異界に身を投じたのとほぼ同時に、勇樹もまた異界の入口と思われる場所に来ていた。そこもまた、護が見つけた場所と同じく、暗がりの広がる路地裏だ。
「普通の人間が通り抜けるだけなら、なんの問題もないのだろうが……」
勇樹はそう呟き、身につけた手甲に精霊の力を憑依させる。
霊的な力を持つものならば、ここから先に進むことはできないはずだ。ならば、そこにある壁を打ち破ればいい。
「力を貸してくれよ、イフリート!」
その声に応じるかのように、手甲が紅蓮の炎をまとう。勇樹は炎をまとった拳で、何もない場所をなぐりつける。
すると、その拳は何かに命中したかのようにその場にぴたりと止まる。それと同時に、拳が止まっている場所を中心にひびのような線が入り始めた。拳はそのまま見えない壁を突き抜ける。すると、まるで壁が崩壊するかのようにひびが広がり、そこから破片がこぼれ落ちていく。
破片が全てこぼれ落ちると、その先には護が見つけたものと同じ、混沌とした闇が広がっている。
勇樹もまた、護と同じようにその闇の中へと身を投じた。
護たちが異界へ身を投じた時と同じころ。
翼は自分が住んでいる区域に異界が形成されたことに感づいていた。しかし、その方向に護と勇樹が向かっていることも同時に気づいたため、特に気にかけることはしなかった。
しかし、どうにもひっかかりを感じる。
ここ最近、異界が形成されることが多いような気がする。
――やはり、魔女の予見が当たったと言うことなのだろうか
翼は下町の商店街の方を見て、そっとため息をつく。悪名高き数々の魔道書に記された、かつて、この星を支配した、最高位の神格の覚醒。それに伴うのかはわからないが、大妖怪が活動を活発化させたことと、それに伴う小妖怪が目立った活動を行うようになったこと。
おそらく、この異界は大妖怪のものではないだろう。しかし、護や月美が相手にしたことのない妖が相手になるのだろう。
「……あの二人とうまく連携が組めればいいんだが……」
先日の一件以来、勇樹と桜が土御門邸に通うようになった理由が、交友を深めるためだけではないことは、翼もなんとなしに察していた。だからこそ、翼は近所のアパートに部屋を借り、そこに二人が泊まれるように手配した。吉江はそれを聞いて、あなたにしては珍しい、と妖艶な笑みを浮かべていたことを、今でも覚えている。
だからこそ、今回のこの騒動は、あの四人の力だけで収めてほしいと願っている。
……本当に大変なのは、これからなのだから。




