四、
桜と月美が焦りを隠しながらやりとりをしていたころ、護と勇樹はあやかしの気配を追って、下町を走っていた。
だが、下町のどこにも結界のほころびや切れ目のようなものは見つけられない。それだけ、強大な力を持った存在が、彼女たちを異界へいざなったということなのだろう。せめて、彼女たちが「ここにいる」という痕跡や目印になるようなものがあれば、それを頼りにこちらも異界に飛び込むことができるのだが。
「どっちかが術を使ってくれれば早いんだがなぁ……」
「さっきの通信魔法の痕跡は?」
「微弱なものだったから、もう感じられないな」
「……まいったな……」
護は口をへの字に曲げ、髪をぐしぐしとかき混ぜる。
先ほどもほんの少しだけだが、月美の術の波動を感じ取った。だが、それもすぐに微かなものになった。よほど集中しなければ、感知することは難しいだろう。
「……けれど、感じ取れないわけではない……」
護はそう呟き、右手で刀印を組み、口元まで運び、目をつむる。
探すのは術の痕跡、霊力の波。そして、この胸に埋め込まれた勾玉でつながれた、炎を抑える力の源をたどる道筋。
眼前に広がる闇の中に、一筋の糸が見える。それが胸の勾玉から伸びていることが、護には何となく理解できた。意識を集中させ、それが伸びている先を見る。
「……見えた」
護がそう呟くと目を開け、糸が見えた先へ走り始めた。それと同時に、勇樹の頭の中に直接、桜の声が響いてきた。
勇樹は人目の付かない場所まで走り、通信を求めてきた相手の名を叫んだ。
「桜!」
『よかった、つながった……勇樹くん、今どこ?』
「商店街だ……そのままつなげててくれ」
勇樹はそう言いながら、手甲を身につける。そして、足もとに魔法陣を呼び出し、契約した精霊たちを呼び出した。
巨大スライムが月美たちを包囲し、徐々にその体を近づけていっていた。桜はドリアードに頼み、腰ほどの太さの木の根を呼び出してもらい、その進行をなんとか妨害しようと試みていた。
しかし、その進行はとどまることを知らず、木の根を乗り越えて、なおも三人を取り込もうとしていた。
スライムが進行するたびに、木の根を新たに呼び出し、スライムが自分たちを飲み込むまでの時間を出来る限り稼いでいた。
月美はその様子を見て、残りの呪符を取り出し、自分たちを囲んでいる木の壁に投げ、刀印を結び、言霊を紡ぐ。その言霊に呼応し、呪符に記された文字が光り出した。その光は張りつけられた符同士をつなぎ、光の壁を構成した。
「これで、しばらくもてばいいんだけど……」
「……もう一度、勇樹くんに連絡してみる」
桜はそう言って、杖を地面に向け、魔法陣を出現させた。月美はその間、障壁を見守りながら、精神を集中させていた。
スライムは、障壁に気づいたらしい、障壁を破壊を試みているようだ。一瞬、障壁にひびが入る。
「……させない」
月美は刀印を結ぶ右手に力を込める。その瞬間、障壁のひびが一瞬で修復された。しかし、障壁にまとわりついている状態のスライムならば、ふたたび障壁の破壊を試みることは明白だ。ひびが入るたびに修復を繰り返していても、いつかは破かれてしまう。
そうなる前に、護たちが自分たちの閉じ込められている場所への入口を見つけ、救援に来てくれることを祈るしかなかった。




