三、
勇樹との連絡が途絶え、桜と月美は明美をかばうようにして、互いの背を預けるで立ち、周囲を警戒していた。
「桜、勇樹くんとの連絡は?」
「とれたけど……場所までは伝えられなかった……」
桜は困ったような微笑みで月美の質問に答えた。途中で通信が切られてしまったのだから、仕方がないと言えば仕方がない。しかし、今回は間が悪かった、ということもあるのだろう。
そんなことを考えながら警戒を続けていると、明美以外の二人はこちらに近づいてくる気配を感じ取った。一つだが、かなり巨大だ。
「桜、精霊を!」
月美は隠し持っていた短刀と符を取り出し、桜に向かって叫んだ。桜はその指示を受ける前から、すでに召喚のための魔法陣を足もとに呼び出し、ドリアードを召喚するための呪文を唱え始める。
月美は明美を背後にかばいながら、改めて周囲を見渡す。
ずるずる、という何か重いものを引きずる音が聞こえてくる。一つの方向からではない、それは全方向から聞こえてくる。まるで……。
「私たちを、取り囲んでいる?」
そう、一つの巨大で、流動する何かが、自分たちを取り囲み、そのまま吸収しようとしているかのようだ。
音はなおも途切れることなく、月美たちの周囲で、ずるずるという音が響いていた。そして、その音にまぎれることなく、凛とした声が響く。
「ドリアード!」
桜の叫びと共に、魔法陣がひときわ強い輝きを放ち、その光の中から木の葉の髪をした子供が飛び出してくる。
「あうぅぅぅぅ……」
明美は、もはや脳が今現在起きている全ての事象を拒絶したようだ。頭の中で整理がつかず、何が何だか分からなくなってしまい、とうとう、気を失ってしまった。
月美は倒れる明美の背を支え、そっと横に倒した。
――やっぱり、明美にはきつかったか……
月美は羽織っていたスプリングコートを明美にかけながら、心のうちで舌打ちをする。
明美は、二十年近くを見鬼ではない、普通の人間として過ごしてきたのだ。それが、いきなり、しかも日常の、本当に何気ない日常の中で突如、自分の理解を超越する事象に出くわしてしまったのだ。無理もないということは、月美でも理解していた。
だが、これはある意味、好機でもある。
世界の真理の一端を、この世界の裏側に存在するものを見なくてもすむのだから。
「……来る」
明美が寝転がっている周囲に呪符を配置し、結界を張りおえると同時に、自分たちのまわりを徘徊していた何かがこちらに近づいてくる気配を感じとる。
接近してくる音が最も大きい方向を見ると、そこには水色に発行する半透明の何かがこちらに近づいてきていた。
「厄介ね……月美は炎を呼び出す呪術って使える?」
「使えるには使えるけど、あの大きさを燃やしつくすのはさすがに無理……」
桜は目の前にいるスライムの巨大さから、これまでの経験上の対処法で最も有効なものを導きだし、月美に問いかけた。月美はその意図を察し、桜に応えたが、得意とする術の属性は木と金であり、この大きさのあやかしを相手に火属性の術を使ったとしても、有効とはいえないと判断し、そう答える。
通常遭遇するスライムの大きさは、せいぜいがひざ丈まで。巨大なものは、洞全体というくらいなので、月美たちを中心に半径六百メートルほどの範囲をまるまる包囲し、なおかつ、包囲したままこちらに向かってくることができるほどの大きさは、今までのところ記録には存在していない。
「……これ、ちょっとどころかかなりピンチかも」
「……みたいね」
不快な思いを押し殺しつつ、桜と月美は巨大な液体生物を前に、微笑みながら、心のうちでは焦りながらそんなやりとりをしていた。




