二、
夕方頃。月美たちが買い物へ出かけた帰り道、月美と桜は異変を感じた。それは、普通の人間である明美も同じことだった。
いち早く気づいたのは、月美と明美の二人だった。普段、通っている通学路だからこそ、なのだろうか。いち早く違和感を覚えたのだ。
人が誰もいない。
常ならば、この時間は買い物客でにぎわっているはずだ。しかし、その買い物客が一人もいない。月美は以前にもこのような現象に遭遇したことがある。
その時は、勘解由小路保通が「人払い」を行使し、その空間のみを通常とは別の位相へ移動させ、そこに月美たちを誘い込んだため、他の人間が存在できないようになっていたのだ。おそらく、今回も同じなのだろう。
「月美……なんか、変だよ」
「うん……明美、絶対私から離れないでね」
月美は明美の手を取り、彼女にそう言う。
異常事態のせいなのだろうか、月美が触れる明美の手は、微かに震えているように思える。
あ、そうだ携帯。と言って、明美は携帯を取り出し、護の電話を呼び出そうとした。しかし、携帯は無情にも「圏外」を表示していた。
それを見て、月美は自分の嫌な予感が現実になっていることを悟り、桜の方へ向き直り、注意を促す。
「桜……気をつけて」
「うん」
桜は、どこから取り出したのだろうか、ワンドを取り出し、身構えていた。そして、足もとには魔法陣が描かれていた。
桜は、目を閉じ、ワンドを魔法陣の中心に突き刺した。そのまま、精神を集中させ、勇樹と連絡を取ろうとした。
しばらくの間、精神を集中させていると、桜の頭に直接、勇樹の言葉が響いてきた。
『どうした?桜……』
「あ、れ?勇樹くん、疲れてる?」
『わかってたら通信を切ってくれないか……もうしゃべる気力もないんだよ……』
勇樹の声は本当に疲れているかのようだった。桜は勇樹には悟られないように、微苦笑を漏らした。勇樹が護と稽古をすることは知っていたのだが、まさか、これほど消耗するほど激しい稽古をするとは思わなかったのだ。
「疲れてるところ悪いんだけど……私たち、異空間に閉じ込められた見たい」
『そういうことは早く言え!』
勇樹の怒ったような声と同時に、桜の頭の中でぶつり、と何かが切れる音がした。その後、勇樹の声は聞こえなくなった。
どうやら、一方的に通信を切られてしまったらしい。
桜は気まずそうに眉をひそめ、ワンドをポケットにしまい、月美たちの近くへ歩み寄った。今のところ、これといって怪しい気配はしない。しかし、この空間の不快な冷気が、本能に訴えかけている。
ここは危険だ、早く離れるべきだ、と。
それを証明する存在が、間もなく現れた。
月美たちが異空間に迷い込む少し前。護と勇樹の実戦稽古が終わり、二人は道場で大の字になって寝転んでいた。二人とも、肩で大きく息をしている。かなり激しく動いていたようだ。
「……くっそ……体が動かん……」
「……まったく、だ。というか、勇樹……お前、本気で殴って来ただろ」
護はゆっくりと起き上がりながら、勇樹に問いかける。その口は微かに切れて、紫色に変色している。一応、怪我がないようにグローブをしてもらってはいたが、それでもかなりの威力と痛みが唇に残っている。
「お前だって、本気で殺そうとしてただろ?お互い様だ」
「こんなので人が死ぬかよ、というか、怪我するかどうかすら怪しいぜ」
護は恨めしそうに握っていたソフト剣を勇樹の方へ放る。エアーソフトの刃が、ぽんぽんと微かにはねながら、勇樹のそばへ転がっていった。
床に突き刺さるどころか、音すらしないあたり、たしかに人を傷つけることができそうにない。
「ははは……すまない……ん?」
笑いながら、すまなさそうに謝ると、突如、勇樹の体の下に魔法陣が現れた。魔法陣は微かに光ってはいたが、特に危害を加えるものではないらしい。その証拠に、勇樹が平然としている。
そして、勇樹の口から出た名前から、その魔法陣が通信のための魔法であることを悟った。
「どうした?桜……」




