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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
十二章、「世界の真実、人としての選択」
124/128

七、

 名は体を表す、という言葉がある。

 今目の前にいる存在は、まさにそれだ。

 九本の頭を持つ龍神。それが、もともと旧支配者、クトゥルフと呼ばれていた存在だったのだが、護によって新たな名前と封神の術を施された影響で、もともとの邪悪な姿から、畏怖と神秘性も感じられる姿へと変じた。

 「せい、こう……だな」

 肩で息をしながら、護は九頭龍を見つめた。

 われながら、よくやったとほめたい気持ちを抑え、ふらつく足でどうにか踏ん張っていた。

 「……しっかし……こりゃ、ほんとに……」

 霊力の消耗が激しすぎる。もう、意識を保つのも、立っているのもつらい状態だった。

 神を創造したのだから、それは当然のことだろう。

 かつて、大陸では殷周大戦の折に、大公が望みしもの、太公望と呼ばれた道士、姜子牙が封神を行ったというが、それは太公望が七十二という年齢で成し遂げたことだ。それに対し、護は現在十七やそこらの若輩者だ。むろん、天狐の霊力は護の中に存在しているし、土御門家の次期当主として、それなりの霊力を有している。

 が、太公望が神としたのはもともとが神仙であったものや、強力な魂魄を有している人間だ。無から有を作り上げたわけではない。

 対して、護の場合はそもそもがこの星に存在するものではない。この星の法則の外にいるものをこの星の法則に調整(チューニング)し、かつ、神として封じた術者は、おそらく歴史上初めだ。それも、複数人で行うのではなく、一人で行ったのだから、その消耗もかなりのものになる。

 が、それでも気を張り詰めて意識を保ち続けた。

 「やれやれ、本当に君はすごいな」

 「……あとは、頼みますよ。無貌の、術者さん」

 術式を完成させたのか、静かに歩み寄ってきた青年に対し、護は若干悪態づいた視線を向けながら、そうつぶやいた。

 それと同時に、護の意識は途切れ、力なく地面に吸い込まれていった。

 青年はそれを支え、あきれたような笑みを浮かべた。

 「本当にやれやれだな……気力でどうにかしていたとは」

 にやり、と不気味な笑みを浮かべつつ、青年は護を静かに横たえ、九頭龍神を見据えた。

 「さて、と……すっかり変わり果てたな、わが主であり父の仇敵よ。まぁ、今となってはあまり関係ないのないことなのだろうが」

 右手をすっと、九頭龍の前にかざし、青年は唇を動かした。

 その口から漏れ出た言葉は、この星に存在するいかなる言語にも該当するものはない発音だった。その言葉を聞いていた十二天将と式神たちは、この青年もまた、九頭龍神と同じ、この星に存在する存在ではないことがわかる。が、それでも今はこの人外に頼るほかないことを理解しているため、何もしない。

 いや、近くに主がいるため、何もすることができない。

 仮に行動を起こしたとしたら、目の前で主が何をされるのかわかったものではない。

 それゆえ、見守ることしかできなかった。

 青年は、そんな式神たちの視線などどこ吹く風、といった雰囲気で九頭龍に語り掛けた。

 「すまないが、君はこのまま眠ってもらうよ……」

 青年が不気味な笑みを浮かべた瞬間、彼の足もとから魔法陣が現れ、黒い光を放った。

 そして、先ほどと同じ、この世のものとは思えない、言葉とも取れない不気味な音が彼の口から漏れ出た。

 その言葉が紡がれると同時に、九頭龍の足もとに、青年の足もとにあるものと同じ魔法陣が展開した。言葉が紡がれる間、その魔法陣は徐々に小さくなっていき、九頭龍を拘束した。

 やがて、九本ある龍の頭は一つに束ねられてしまい、腕も、半ば強制的に胴に密着させられてしまい、完全に身動きを封じられた。その瞬間、いつの間に出現したのか、九頭龍の背後に、教会の地下にあった巨大な石の門が、ゆっくりと音を立てながら開き始めた。

 開き始めた扉の向こう、本来ならば反対側の風景が現れるはずだが、そこに広がっているのはまさに「闇」と呼ぶにふさわしい、黒い空間だった。その空間から、突如、何本もの鎖が九頭龍へと向かっていき、巻き付いた。

 九頭龍のは意識がすでになくなっているのか、巻き付いてくる鎖に抵抗する様子がなかった。

 かの神に巻き付いた鎖は、徐々に門へと引きずっていった。

 「……眠れ、永久(とこしえ)に。其が眠りは死の眠り、汝が目覚めは訪れず……」

 鎖が九頭龍を門へと引きずる間も、青年は呪文を唱え続けていた。その言葉が紡がれるたび、鎖が九頭龍を引く力は強くなっているようだった。

 呪文の最後あたりには、すでに九頭龍と門との距離は目とは鼻の先だった。

 徐々に、徐々に九頭龍は門の中へと入っていった。

 そして、全身が門の中へと入っていく様子を見守り、青年は静かに微笑みながら語り掛けるようにつぶやいた。

 「……さらばだ、旧きこの星の支配者よ。いずれまた、そなたの眠りを覚まさせんとするものが現れるその日まで」

 青年の言葉が終わると同時に、扉は大きな音を立てて閉まり、そのまま崩壊していった。

 それは、この戦争が終わりを告げた、ということを意味していた。

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