三、
式神と術者は、ある意味で一心同体の存在だ。式神が傷つけば、術者も傷つく。
それは、ほんの些細な傷であればどうということはない。が、骨折などのけがや死に至るような傷を式神が折った場合、術者もまた、何かしらの傷を負う。
護が負った傷もまた、その傷であった。
「……あいつら、大丈夫なのか……」
負った傷の痛みなど気にする様子はなく、護は旧支配者を退散させんと戦っている十二天将たちを案じた。
護の心配事は的中していた。
旧支配者に立ち向かっていった十二天将のうち、戦闘力が高く凶兆をつかさどる性質を持つ闘将たちは、激しい消耗を強いられていた。霊力や神力の消耗だけではない。動けないことはないとはいえ、あばらが数本、折られている。それだけではない。腕から、足から、そうとうな量の血が流れている。傷の痛みは霊力を集中させてどうにかできているが、傷そのものが癒えているわけではない。
「大丈夫か?青龍」
「どうにかな。が……かなり厳しいな」
同胞を案じて声をかけてきた白虎に、青龍は眉をひそめながら答えた。口の端から、赤黒い液体が垂れている。声をかけた白虎も、肩の肉がかすかにえぐれ、ほほには三本の筋が入っていた。
厳しい状況であることは、おそらく全員が同じことなのだろう。
それでも、主の命がある以上、そして、主が戦いの場に赴くと決めた以上、自分たちだけが異界へ戻り、傷の回復を待つわけにはいかない。
「さて、どう攻めたものかな」
「あの巨体だからな。こちらの攻撃は、蚊が刺した程度にしか感じないのだろうな」
「……それはそれでへこむな」
白虎は苦虫を噛み潰したよう表情でつぶやく。青龍は、表情こそ変えてはいないが、おそらく白虎と同じ心境なのだろう。
属性的に木に属する青龍は、従えている従者たちの形状から水に属すると考えられる旧支配者に対し、決定的な打撃を与えることができないわけはない。五行でいう「水生木」の法則がある。これは相克の関係ではなく、相生の関係性だが、気の流れの優位性は木のほうにある。
だというのに、大した打撃になっているようには思えない。むろん、自分の体格と相手の体格の違いを考慮していないわけではない。
しかし、それでも。
「……納得がいかないことは事実だな」
青龍は忌々しげに顔をゆがめ、ため息交じりにそうつぶやく。
しかし、ここで愚痴を言っても仕方がないことだ。
なんとか護と合流し、あの青年が魔術を発動させるまでの時間をどうにか稼がなければならない。
「……ちっ。こんな時にあの未熟者は!」
「おいおい、仮にも主に対してそれは失礼だろう?それに……」
晴明も、あれくらいの年は未熟だっただろう。
言わなくともわかるだろうと判断し、白虎は口を閉ざし、意味ありげに微笑んだ。
それは、四神の名を関する神将が全員思っていることだ。だからこそ、言わずともわかる。けれども、やはり晩年の晴明をどうしても基準にしたいと思うわけで。
「それでもやはり、未熟者は未熟者だ」
「あれと同じくらいの時の晴明よりはよくやっていると思うが、な」
「……それは認めよう」
青龍はあきれたような目を閉じ、無表情で答えた。
その答えに、白虎はあきれたような笑みを浮かべたが、再び旧支配者に視線をやった。
一方、別の場所。
十二天将の土将であり主神である天一、四神の名を冠す火将の朱雀、そして、水将の天后が青龍たちと同様、旧支配者に視線をやっていた。
彼らは青龍たちとことなり、目立った外傷はない。しかし、朱雀は脇腹を抑え、天后の右腕は不自然なほど、力なく揺れていた。おそらく、脱臼しているのだろう。天一は、二人のその傷に手をかざし、傷と病を癒すための言霊を紡いでいた。
「……すまない、天一。だいぶよくなった」
「あくまで応急的なものにすぎないことを忘れないでください。それに……」
言いかけて、天一は天后に視線をやった。
彼女の傷は腕だけではない。優し気な、整った顔はところどころが赤く腫れ上がっている。それだけではなく、もとは長い、蒼穹を思い起こさせる色の髪は不揃いにちぎられていた。
旧支配者の攻撃から朱雀をかばった結果だ。
火将である朱雀が、水に属すると思われる神に攻撃されれば、五行相克にある「水克火」の法則から考えて、死に至る、とまではいかないであろうが、それでもかなりの重傷を負うことになるのは明白だった。そんなことは、誰よりも天后が望まない。だからこそ、朱雀をかばった。
同じ水に属し、かつ、天帝の后として相応の霊力、神力を有している自分ならば、被害も少ないと踏んでいたのだが、どうやら、甘い考えだったようだ。
いや、確かにそれほど大きな傷を負ったわけではない。攻撃も防ぎきることこそ無理だったが、防御できないわけでもなかった。
問題なのは、旧支配者の気配そのもの。
わかっている。自分はその気配に気圧されたせいで、防御が途中からおろそかになってしまったということは。
が、天后はあくまで天帝の「后」であって、天帝と同等のものではない。まして、彼女の霊力は十二天将の中では低い部類に入る。
そんな自分が、あんな化け物を相手に気圧されるなと言われるほうが無理、というものだ。
「……わかっているさ……それより、どうする?」
「……これ以上、われらのみでこのものを相手にするのは、もはや不可能です。急ぎ、われらが主のもとへ」
要するに、自分には今、策がないから護の指示を仰ごう、ということのようだ。
早い話が護に任せてしまおう、ということだ。
仮にも十二天将の主神が、それでいいのか。という疑問は、この際置いておく。追及しても無駄だということは、朱雀でも十分理解できている。
それに、天一は何も策がないからという理由だけで、護と合流しようとしているわけではない。純粋に、自分たちの主の身が心配だから一刻も早く駆けつけたいという部分もあるのだ。
少なくとも、朱雀はそう読み取った。
なんだかんだ言って、いや実際には言っていないのだが、天一は護のことが大切で、だからこそ彼の役に立ちたいと思うし、彼の安全が気にかかるのだ。
そんなことを考えていると、自分たちの脳裏に護の声が響いてきた。
呼ばれている。直感的にそう感じ、朱雀たちは護のもとへと急いだ。




