九、
その日、勇樹と桜は土御門邸に宿泊することになっていた。遅くなってしまうため、元々近場の宿泊施設を予約していたのだが、翼の好意で土御門邸に宿泊してもらえることになったのだ。
「……」
「……」
勇樹と桜は初めてみる豪邸に驚きを隠しきれず、唖然としていた。その様子を見て、護は一度振り返り、遠慮せずに入れと手招きした。月美は、桜の腕を半ば無理やりつかみ、引っ張っていく。
「あ、おい……」
「特に危害を加えることはしないから大丈夫だ……それよか、早く来いよ」
護の誘いに乗り、勇樹は少しばかりあわてて、土御門邸の敷居をまたいだ。
土御門邸に招かれた桜は、夜食もそこそこに、月美と入浴することになった。宮の寮にある入浴場とは異なり、純和風な感のする木製の浴槽だった。
その圧倒的な広さに、桜は思わず感嘆のため息を漏らした。
「ほわぁ……」
「すごいよね~。私もまだ慣れてないんだよ」
月美は舌をほんの少しだけ出して、照れくさそうに微笑んだ。桜はその微笑みに少し安心したかのように微笑みを返した。
ふと、月美は桜をじっと見つめた。その瞳の動きは、まるで桜の体を物色するかのようにゆっくりとしている。
「……え、えっと……月美、さん?」
「同い年なんだから、月美でいいよ。それにしても、桜って肌綺麗だよね……」
「え、ちょ……やだぁ、くすぐったい」
「いいじゃない!もっと触らせてよ~」
月美は突然、桜のわきの下をくすぐり始めた。桜は苦しげに笑いながら、浴槽までよろよろと歩いて行く。当然、桜に密接している月美も引きずられるようにして浴槽に近づいて行った。そして、そのまま二人は湯船に、どぼんという派手な音を立てて落ちた。
「も~、お返し!」
桜はそう言って月美のわきの下をくすぐり始める。月美も先ほどの桜と同じように、笑いながら身をよじった。
ふと、桜は月美の肌を見る。月美は桜の肌がきれいだと言っていたが、月美の肌も負けず劣らず、白くてみずみずしい。だが、所々に鋭利な刃物でつけた傷がある。これは、彼女自身が戦闘に参加している証だ。
「風森さん……戦うのは怖くないの?」
桜はくすぐる手を止め、月美に問いかけた。
月美はその視線と質問の意図に気づき、桜の手にそっと触れた。
「怖いよ……でもね、護が自分の目の前で殺されかけるのは……もっと怖いの」
「……」
月美の答えに、桜は何も返すことができなかった。
術者の世界にいる以上、任務で死んでしまう可能性が存在している。それを理解しているから、常に死への覚悟はできている。けれども、大切な人の死は、どれだけ覚悟していても恐ろしいものでしかない。
だからこそ、ずっとそばにいたいと願い、守りたいと願う。それゆえに、その願いをかなえるために、月美は自身も戦うことを選んだ。
「強いね。風森さんは……」
「そんなことないよ~……私は、守られてばっかりだから……それに、これ以上、周りの人を失いたくないから」
月美はそう言うと、そっと桜の腕をほどき、少しだけ距離を取った。
桜はその時見た月美の顔が、強さと悲しみの影を落としていたことに気づいていた。過去に、何か大切なものを失ったから、これ以上、失いたくない。桜は、月美の覚悟がそこからきているのかもしれない、と感じた。
――戦うことへの覚悟、か……
桜がそんなことを考えていると、ふと胸に違和感を覚えた。見ると、白い手が桜の胸に触れていた。
その腕が伸びている先を見ると、少し眉をひそめている月美がいた。
「……負けた?」
「……いやぁぁぁぁぁ!!」
気づかないうちに月美に胸囲を測量され、思わず、自分の胸を抱え、うずくまってしまった。




