八、
鵺が炎に焼かれ、肉体は徐々に灰となっていく。だが、灰は地上に落ちることなく、肉は崩れ落ちたはしから空中で霧散していった。
「……依頼達成、かな?」
「の、ようだな」
勇樹の言葉に、護はほぅっとため息をつきながら答えた。すると、護の体から立ち上っていた陽炎はすっと消えていった。
「すごいな、あんたの力」
「……あれは、まだあまり使えないんだ……」
一つ違えば、周りの人間を巻き込んでしまいかねないほど、強い力だから。
勇樹の言葉に、護は半ばため息交じりにそう答える。
いくら白狐から制御方法を学んでいるとはいえ、まだ完全に制御できるわけではない。今はまだ、独鈷の刃に炎を込めたり、その炎を対象に向けて放つくらいしかできない。まして、放った炎を操ることはできない。炎が鵺を追っていたのは、式神の力と月美がコントロールの補助をしてくれていたという部分が強い。
「まぁ、お互いまだまだ修行中ってところだな」
勇樹はそう言いながら、護の肩に手を置く。その態度に護はそっとため息をつく。だが、その顔は呆れなどではなく、暖かな微笑みが浮かんでいた。
護たちが機関の人間から帰宅許可が下りたころ、別の空間では鵺の昇華が波となって伝わって来ていた。その波を受け取り、巨大な狐はふっと鼻を鳴らした。
「鵺め、まさか陰陽師ごと気に遅れを取るとは……」
「ふ……古の時代に、平家の人間に倒されるほどの実力だ。現代の術者に破られたとて不思議ではあるまい」
「おまけに、あれはまだ未熟なうえに傲岸不遜な奴であったからな。我ら鵺一族の面汚しよ」
護たちが倒したはずのあやかしと同じ、しかし明らかに毛の色が薄い鵺が吐き捨てるように語った。
その背後には何百もの紅い双眸が、憤怒の表情を浮かべ、光っている。同族を倒されたことに対する怒りなのだろうか。それとも、毛色の薄い鵺と同じく、人間に敗北したことに対する怒りなのか。いずれにしても、鵺一族はかなり不機嫌であるようだ。
そのやりとりを、鵺よりも不機嫌そうに眺めている人影があった。
どこからどう見ても人間なのだが、彼らのまとう雰囲気は、明らかに人のそれとは異なることを語っていた。
「ふん……現代にも骨のある武人がいたか」
「あるいは、腕のいい術者か法師か……厄介でおじゃるな」
水干をまとい太刀を持った男の言葉に、直衣をまとい白塗りをした男が合の手を入れる。太刀を持った男はその言葉に若干ながら不機嫌な顔をしたが、すぐに狐たちの方に向き直った。
そんな彼らのやり取りを、少し離れた場所から眺めている人影が一つ。
それはフードを目深にかぶっていたため、人相まではよくわからない。しかし、時折見えるその手には両生類のような水かきがついている。そして、その双眸は狐のいる方を見ている。まるで、そのあやかしを見張るかのように。
――ここもはずれとなるか、あるいは……いずれにしても、あの組織から我らの目をそらすには十分か
男はそのまま彼らに背を向け、その場から去っていった。




