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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
十一章、「蘇りたるは古の侵略者」
108/128

一、

 司祭の合図とともに、扉の向こうから現れたのは深きものどもと、新たな異形だった。

 その姿を、護は一度目にしている。

 この戦いが始まるずっと前、普通の人々の日常が「日常」であり、護たちの日常が「非日常」であった頃に。

 それは、旧支配者と呼ばれる、邪で、大いなる存在。夢殿で見たその姿より、何十倍も小さいが、その姿はそれに酷似していた。

 「……どうやら、我が神と謁見なさったようですね?そこのあなた」

 「謁見、とは違うな。ただ、姿を見たといったところか」

 というよりも、あのような胸糞悪い存在と謁見する機会があったとしても、こっちからそんなものは願い下げだ。

 見かけただけでも精神がそがれ、心が折れそうになるほどの絶望を感じ取った。夢殿だから、余計に強くそう感じた。

 そんな存在と、現実の世界でお目にかかるなんてことはごめん被りたい。いや、むしろ何が何でも拒絶する。

 「そうですか……あぁ、残念ながら、この者は我が神ではありませんよ。神の落し子、といった存在でしょうか」

 本物の我が神と謁見したければ、これ以上、我らの邪魔をしないでいただきたい。

 司祭はそう言い残し、異形が出てきた扉から奥へと入っていった。

 その瞬間、異形の者共が護たちに向かって、牙を向いた。

 護たちは手にした武器でその攻撃を受け流した。

 「護、風間。お前らは先にいけ」

 攻撃を回避しながら、勇樹が護と月美に叫んだ。

 「いや、しかしこの数は!」

 「おいおい、俺もお前も、互いに契約があるだろうが!それを、違えるつもりなのか?」

 契約。護が葛葉姫命と、勇樹が四大精霊と交わした契約がある。

 それは、いま護たちの目の前にいる異形の者共を、旧支配者の勢力下にある存在を駆逐し、この世界を守ること。

 むろん、それを違えるつもりは、護にはない。おそらく、それは勇樹も同じことだ。

 しかし、いまこの場で避けるべきは、この場に全員がとどまり、旧支配者の召喚を許してしまう、あるいは、もっともありえないことだが、全滅してしまうことだ。

 それならば、戦力を分断してでも、旧支配者の召喚方法を知っている可能性が高い司祭を確保し、召喚そのものを止めることを優先すべきだ。

 「……わかった。ここは任せる」

 「おう」

 護は月美の手を引き、司祭が去っていった扉に向かって走り始めた。

 月美は、それに抵抗することなく、走り出した。

 勇樹たちはその背中を一瞬だけ見送り、身構えた。

 「ソコヲ、ドケ!ニンゲン!!」

 「……人間の言葉を喋れるのな」

 「意外だね」

 勇樹と桜の冷静かつ率直な感想に、深きものは怒りを覚えたのか、そのまま奇声をあげて襲い掛かってきた。


 護と月美は司祭を追って、彼が向かっていった扉をくぐった。

 月美は、ふと、自分たちが走っている空間の暗さと、もうひとつの心配事から不安を覚え、護に声をかけずにはいられなくなった。

 「私たちだけになっちゃたけど、大丈夫かな?」

 「……おいおい、二人きりってわけじゃないってのわかってるか?」

 そういう護の背後には、姿こそ見えないが、確かに何かがいる気配があった。

 「……そうだった」

 月美は微苦笑を浮かべ、自分が動揺していることを認識し、深呼吸した。

 護の背後には十二天将と五色狐、そして翡翠。いずれも護と契約を交わし、使役となった式神が控えている。

 そして、それは月美も同じことだった。

 彼女の背後にもまた、彼女が使役している式神に目をやった。

 彼の名は「蒼桜(そうおう)」。出雲にある、葛葉姫命を祀る鎮守の森にある、桜の大樹(思い出の樹)。そこから生まれた精霊だ。

 ここ最近になって契約を交わし、式神として使役しているのだが、護と翡翠のような古い付き合いではない。

 しかし、十年以上、蒼桜は月美の成長を見守ってきたのだから、それほど浅い付き合いというわけではない。それゆえ、彼は月美の使役となることをためらわなかったし、月美もまた、彼を式神にと望んでいた。

 「それに、あの程度の連中に勇樹たちが負けるわけがないし……な……」

 ふと、地響きを感じ取り、護は立ち止まる。

 地震ではない。ズシン、ズシンと巨大な何かがこちらに歩み寄ってきているようだ。

 護と月美は自分たちが向かっていた方向を見た。闇の向こうから、足音の正体が二人の視界に入り込んだ。

 それは、この教会に車でのあいだに、そして扉を潜る前に遭遇した、深いものと同じ姿をしていた。

 唯一の違いは、その巨大さだった。

 深きものどもが通常の人間と同じ大きさであるのに対して、目の前にいるこの生物は、その百倍近くの大きさだった。

 その巨大さと相まって、なのだろうか。深きものと同じ、不快な気配は、先ほどのそれよりも強いものだった。

 全身から溢れ出る、地球上の生物すべてを冒涜したような気配と、魚特有の生臭さが二人の精神を削っていった。

 しかし、二人が驚愕したのは、その不快感ではなかった。

 「……この規模の建物で、この大きさは反則だろ……」

 「……そうだよね……こんなの、いったいどこにいたのよ」

 二人が驚愕したのは、その体躯の巨大さだった。

 これほど巨大な相手と戦ったことは、今までなかった。

 なにより、これほど巨大な異形の存在を、二人は知らない。

 無論、彼らが使役している式神たちも同じだった。

 ――やれやれ、時間がないってのに

 護は心の内でそうぼやきながら、霊剣を構えた。

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