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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
十章「闘争~その果てに~」
100/128

三、

 護は、立っているのもやっとな状態で、九尾と向き合った。

 正直、もうすでに倒れそうだ。多少、いや、たたき起こされたためほんの少しだったが、休めたおかげで、ある程度回復できたとは言え、所詮、雀の涙ほどの霊力と体力しか戻っていない。

 翡翠に支えられていることと、気力で立っている状態であるという点では、まともに戦えるような状態ではない。

 それゆえなのだろう、九尾の妖力と圧倒的な存在感に押しつぶされそうだ。

 ――けれど、ここで退くのは……

 格好悪い。

 いや、別に格好いいとか悪いとか、そういうことは関係ない。正しくは、それを理由にこの場を退くことが嫌なだけだ。

 翡翠に支えられながら、倒れそうになる体をどうにか起こしながら、気力を奮い立たせ、護は九尾に手を伸ばした。

 印は結ばない。符も霊剣も持っていない。

 何も持っていない、自分の掌を、彼女に向けた。

 「なぁ、九尾……いや、白面金毛の神狐、天貴よ。人間を……心あるものがつなげる絆を、信じてみてはくれないか?」

 かつて、お前の同胞であった葛葉姫命が、安倍保名と絆を。今、目の前にいる、四大精霊とその契約者の間にある絆を。

 そして、人間と妖の狭間にあるものが、今この場にいる彼らとでつなげた絆を。

 人間が異なる存在と、絆を結ぶことができる可能性を。その絆が、この世界の生きる、すべての命あるものたちに調和を生み出すことを。

 もう一度。

 護はそれ以上のことを言わず、九尾の、いや、天貴の返答を待った。

 「……」

 天貴は、護の問いかけに、言葉では答えなかった。

 護の問いかけに、そのものの心に答えるのは、何も答えだけではない。

 九尾はそっと目を閉じた。その瞬間、彼女の体は光に包まれた。光は徐々に小さくなり、最終的に、護と同じくらいの身長になった。

 光が輝きを失うと、そこには一人の少女が立っていた。

 その姿は、勇樹たちにも見覚えがあった。

 すべてが始まった、あの日。初めて出会った、少女の姿。

 しかし、最初に出会ったときとは異なり、まとっている雰囲気は敵意や殺気を一切孕んでいなかった。

 少女は護に近づき、手を差し伸べた。

 「……信じよう。我が同胞の血を引く半妖であるお前と、四大精霊の契約者に免じて、な」

 護は、天貴が人間を信じてみようとしていることを知り、差し出した手を握った。手を握られた天貴は冷たく、しかし柔らかなほほ笑みを浮かべた。


 天貴と護。妖と人間が手を取り合った。

 その光景を見ていた影がひとつあった。

 フードを目深にかぶった人間。いや、遠目からみれば、確かに人間だ。しかし、背中は不自然なほど曲がっており、時折垣間見える肌は、人間のそれにしては光沢があり、ウロコのようなものひび割れがあった。

 ――やはり、こうなったか……戻らなければ……

 奇妙な人影は、身を翻し、その場から立ち去った。

 その歩き方は、人間のそれではない。

 まるでカエルのように片足を引きずりながら、ひょこひょこと体を動かしていた。

 彼が向かったのは、「真星辰教団」が占拠している建築物。本人は急ぎ足だったのだろうが、健常者が普通に歩くような速さで、その入口に向かっていった。

 男が建物に入ると、祭壇の前に、ひとつの人影があった。それが自分の同胞ではないことは、すぐにわかった。

 同胞ならば、いま自分が羽織っているものと同じ外套を羽織っているはずだ。

 「今頃お帰りかい?半魚人さんよぅ」

 人影は、こちらに振り向きながら、問いかけてきた。

 その風貌は、粗野にして凶悪。

 そしてなにより、額に短い二本の角が生えている。

 「……我が教会になんの御用で?酒呑童子殿」

 「かかっ!『なんの御用』、ねぇ?」

 わかっているくせによぅ。

 酒呑童子の豪快な笑い声は、すぐに冷ややかな声へと変化し、男の胸ぐらを掴んだ。酒呑の名のごとく、酒臭い吐息が男の顔にかかった。

 不愉快そうに顔を歪め、男は、それゆえです、と返した。

 「なぜ、あなたほどの妖が我らのもとへ?」

 元々、真星辰教団と九尾たち妖の勢力はあまり協力的ではない。

 それゆえに、互いに干渉することはなく、今まで過ごしてきた。そして、そのおかげで教団側は、陰陽寮に隠れてことを進めることができたのだ。

 「決まってんだろ?お前らに協力してやるって言ってるんだよ」

 そもそも、俺は「人間」が気に入らないんだ。お前たちが俺たち妖を気に食わないと思っているように。

 だからぶっ潰す。

 気に入らないクソ狐と一緒に。

 「そのために、お前たちにも手を貸したやるって言ってるんだ」

 要するに、酒呑童子は人間と同盟を結ぼうとしている九尾が、気に入らないということだ。

 気に入らない存在を排除するためならば、たとえ、今まで挙動が怪しく、味方かどうかもはっきりしていなかった相手であっても手を組む。

 それが、酒呑童子の狙いだった。

 かたや、人間を滅ぼしたい酒呑童子。かたや、この星に住む存在そのものを蹂躙したい真星辰教団。

 違いは、完全とまではいかずとも、一致していた。

 「……承りました。司祭様には私の方からお伝え致します。ですから」

 今日のところは、お引き上げください。

 男の要求に、酒呑童子はにやりと笑って答え、そのまま出口へと向かっていった。

 ――醜く、そして、粗暴な態度……やはり、「大本」が人間であるが故か……

 やはり、愚かなものだな。

 男はそっとフードを外し、異様に離れたその両目で、酒呑童子が去っていった出入口を見つめ、心の内でそう呟いた。

 あちらは、こちらを利用する腹積もりのようだが、こちらも、お前たちを利用させてもらうとするよ。

 男は、祭壇に置かれていた冠を頭にかぶり、くっくっと喉の奥で渡った。

 

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