七、
襲いかかってきた鵺の爪を独鈷の刃で受け止めた護は、青風と叫ぶと、額に黒い五芒星が描かれている、青い体毛の子狐が護と鵺の間に顕現した。
状況を察した子狐は、こーん、と一声鳴いた。その鳴き声に応えるかのように、狐を中心に旋風が巻き起こり、鵺を持ち上げ、空へ吹き飛ばした。
だが、万有引力の法則にしたがい地面にたたきつけられるはずだったその巨体は、なぜかふよふよと浮いている。よくよく見てみれば、虎の足にまとわりつくかのように暗雲が漂っている。どうやら、これも鵺自身の能力のようだ。
「なるほど……これが『平家物語』に出ていた暗雲の正体というわけだ」
護は感心するかのようにぽつりとつぶやいた。
それを余裕と受け取ったのか、鵺は上空からまっすぐに護に向かって飛びかかってきた。護はそれを紙一重で避け、刀印を結ぶ。
「縛」
護がすれ違いざまに言霊を呟くと、鵺の四肢が突如現れた鎖に縛られた。だが、鵺が吠えると、鎖が砕け、鵺を解放した。だが、解放されるまでの間に、勇樹が間合いを詰めていたようだ。狒狒の顔面に勇樹の手甲がめりこみ、人間の拳ではありえない勢いで、鵺の巨体が吹き飛んでいった。
「ひゅー」
鵺が吹き飛んだ様子を見て、護は思わず口笛を吹いてしまった。
「人間業じゃないな……なるほど、それが精霊拳士の術というわけだ」
「気づいたか」
護の言葉に、勇樹は手甲を見せながら答える。見鬼の眼を持つ護には、それが普通の手甲ではないことがわかる。手甲はほのかな光を帯びている。その光から、とても強い霊力を感じる。
どうやら、手甲に精霊を憑依させているらしい。
「まぁ、詳しい説明はあとで」
勇樹はそう言いながら、鵺が吹き飛んでいった方向を見た。護もそれにつられて同じ方向を見る。
そこには、先ほどと同じように暗雲を足にまとい、宙に浮いていた。その顔には憤怒の表情が刻み込まれている。
「やれやれ、どうやらご立腹のようだ」
「早く決めないと色々危ないな」
「……わかってるなら、早く決めよう?」
護と勇樹のやりとりに、半ばあきれたような声で月美が言う。その両手は印を結んでいる。どうやら、術をかけるつもりでいるらしい。
「やれやれ……んじゃ、サポート頼む」
護の言葉に、月美はウィンクで返す。それを見て、やれやれと微笑みながら、護は自分の胸に埋め込まれている勾玉に意識を集中させる。
瞼を閉じてできた暗闇の中に、白い炎が見える。それは、護の中に眠る、代々受け継がれてきた神通力の象徴。一つ違えば、護の命を焼きつくすほどの強い力。その炎に手を伸ばし、その一部を自分の手のひらに移すイメージを思い浮かべる。
その炎は徐々に護の体の中に吸い込まれていった。
炎が全て体の中に吸収されると同時に、護の体から白く輝く陽炎のようなものが浮かび上がってきた。その炎は、徐々に独鈷に移っていった。
炎の宿った切っ先を鵺に向け、一言だけつぶやいた。
「焼き尽くせ」
護の言葉に応えるかのように、刃に宿った炎は蛇のように口を開き、鵺へと向かっていった。鵺は炎の蛇を避け、空を飛びまわったが、炎は鵺を執拗に追いかけまわす。しかし、鵺の方がわずかに早いようだ。
しばらくの間、炎と鵺が格闘していると、後ろから桜の凛とした声が響いてきた。
「来たれ、大樹の精霊ドリアード!」
鮮やかな緑色の光と共に、桜の目の前に子供くらいの大きさの人影が現れる。それが人間でないと言うことは、この子供の髪の毛が木の葉になっていることから容易に想像できる。
呼び出されたドリアードは桜の指示を受ける前に、自分のやるべきことに気づき、地面に手を当てた。
すると、そこから木の根が上へとのびていき、鵺をからめ取りにかかった。炎に気を取られていた鵺は簡単に木の根に捕らわれてしまった。そしてそのまま、炎の蛇は鵺に襲いかかってきた。
鵺は苦しげな断末魔を上げながら、徐々に灰になっていった。




