一、
人間界ではない、別の空間に広がる闇。その中に、紅く光る双眸があった。一つだけではない、いつの間にか、複数の紅い光が闇の中を照らしていた。
「そろったか……」
「……ようやっと、時が来たか」
「ふん……」
「さて、ではそろそろ始めるとするかのう」
我ら妖魔の領土を広げるための戦を。
闇の中で光る双眸の主たちは、怪しげな笑い声をあげていた。
一方、人間界では土御門翼、勘解由小路保通、そして零課、皇院に続く霊的保護機関「宮」の長を務める、市原吉江が一つの部屋で秘密裏の会合を開いていた。
「さて……市原さん、なぜ皆を集めたのか、説明してもらえますか?」
全員そろい、保通がそう声をかけた。
通常、零課をはじめとする三機関は、互いの行動に干渉することはしない、という暗黙の了解がある。
以前、弓削光の研究に関する騒動が起こった時、翼は零課に協力していたが、それはあくまで土御門家の客人が関与していたためだ。
つまり、皇院としてではなく、あくまで土御門翼、個人として零課に関与していた。
だが、今回のように非公式ではあるが、三機関の長が、それぞれの立場の人間としてそろうのは、非常にまれなことである。
もっとも、それだけ稀有な事態が今、この国で起ころうとしている、とも捉えられるのだが。
「三機関の長を、それも秘密裏に召集するというのは、ただごとではないとお見受けしますが?」
翼は吉江の方に視線をやり、そう問いかけた。
指名された吉江は、一枚の大きな写真を取り出し、二人の前に置いた。
その写真には星空が写されていた。そして、それは、陰陽師である二人にとって、招集した理由を告げるには十分なものだった。
「なるほど……星辰がそろったか……」
「『ネクロノミコン』や『ナコト写本』、『エイボンの書』をはじめとする魔道書に記されていたものと同じだな」
星辰、つまり星の位置というものは、地上で起きていることを写す鏡。
そのため、陰陽師は古代より星を読み、先を読み、帝をはじめとする国の中枢機関に関わる人々、ひいては民を災厄から守ってきた。
今、この写真に写されている星の並びは、かつてこの星を支配した大いなる存在。旧支配者復活を予見するものであった。そして、翼はそれと同時に、「大妖怪」と称される妖が同時に決起するという事象も読み取っていた。
「……全ては必然……この星の並びとなることを予見していたからこそ、私は、「宮」を設立しました」
願わくば、この日の本を守りたいと言う願いが、零課と皇院にありますことを。
吉江はそう言って、一枚の紙を差し出した。
どうやら、念書のようなものらしい。
「……陰陽寮の再建、か……」
翼はそう呟き、こののち、この国で起きるであろう大戦に思いをはせていた。