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この話を読むと、呪われます

 この文章を読んでいる、という事は、君の目の前には、パソコン画面、スマートフォンの画面、或いは紙だとか、そういったものがあるはずだ。それが何であるにしろ、いずれにしろ、読み始めた瞬間、そこには何かの影が映っただろう。

 なに? 映ってない? だとすれば、それは君が気付かなかっただけだ。これを読み始めた瞬間、君の背後には、“彼女”が立ったはずだから。おっと、今、慌てて振り返っても無駄だよ。もう、彼女の姿は消えている。ただし、今でも彼女は、何処か違う場所で君を見ているだろうが。この話を読み始めたからには、もう“彼女”の存在からは逃れられないんだ。そう。この呪いからは。

 ここで“彼女”について、説明をしなければいけないだろう。だが、その前に、この“呪い”を分かち合う勇気を持ってくれた君に、まずは感謝をしたい。ありがとう。君のお蔭で、同じ様に呪いにかかっている人達が、少しだけでも楽になるはずだ。こんな事を書かれても、君には訳が分からないかもしれないが、これから先の話を読んでくれれば、きっと分かると思う。


 僕が“彼女”と知り合いになったのは、偶然、僕のアパートの隣の部屋に、彼女が住んでいたからだった。地味だけど、それほど気を遣わないでも一緒にいられそうな雰囲気の女性で、挨拶を交わす内に自然と話すようになり、気付くと、互いの部屋に上がり込むくらいの関係になっていた。

 断っておくけど、変な下心はまったくなかった。先にも書いたけど、彼女には気楽に一緒にいられる雰囲気があって、それで自然と友達になったに過ぎない。これはきっと、彼女の方も同じだったと思う。互いに恋愛感情は持っていなかったんだ。

 友達になってしばらくが過ぎた頃、僕は彼女の趣味に気が付いた。彼女は小説を書いてネット上に投稿する、というのをどうやら生活の楽しみにしていたらしいのだ。初めは恥ずかしがっていたけど、一般公開しているし、僕は彼女のハンドルネームを知っている訳だから、隠すのは無理がある。ネット上でも感想を書いたりしていたら、いつの間にか彼女も慣れてくれたようだった。

 働きながら書いている所為か、作品の質には差があるものの、彼女の書いた話は、基本的には、面白いものが多かった。もちろん、小説の評価なんて個人差があるから、飽くまで僕個人の意見ではある訳だけど、少なくとも、僕は彼女がプロになったとしても驚かないだろう。それくらいの実力はあると思う。正直に言うのなら、僕はほとんど彼女のファンになっていたんだ。ところが、その投稿サイト内で、彼女はほとんど注目されていなかった。

 表面上は、彼女はそれを気にしていない風を装っていたけれど、多少気にしているだろう点は、何となく察した。上位に入るような作品と比べても、彼女の作品には何ら遜色はないように思えたから、それも分かる。やはり悔しいのだろう。

 流行や、何が社会において評価されるのかといった事を、ネットワーク科学や複雑系科学の観点から扱った本を読んでみると、作品の質だけじゃ人気を獲得するのには足らなくて、噂が噂を呼ぶような、何かしらの切っ掛けが必要らしいと書かれてある。そしてそれは、場合によってはかなりの部分が偶然に左右されるのだとか。これでは、いくら彼女の作品が優れていたとしても評価を得るのは難しいかもしれない。彼女は宣伝を熱心にやるようなタイプではなかったから、尚更だ。

 ところが、ある時、突然に彼女の作品の一つの評価が上がっていったのだ。彼女自身もそれに戸惑っていて、どうしてなのか不思議がっていた。

 「元々、作品の質は良いのだし、それで注目が集まったのじゃないか? 今まで、評価されなかったのが不思議なくらいなんだから、気にする必要はないよ」

 と、僕は言ったけど、それでも彼女は腑に落ちなかったらしい。そして、少し経ってその理由が分かり始めた。どうやら、彼女が投稿したその作品は、偶然にも、ある商業作品と内容がとてもよく似ていたのだ。それで、「パクリだ」とツイッターや某匿名掲示板で非難されていたらしい。ただし、盗作と言えるほど似ている訳でもない。それで、「オリジナルじゃないか」という擁護派も現れて、軽い論争にまで発展していたのだ。当然、擁護派の中には彼女の作品に点数を入れる人も現れる。すると、その作品の順位は上がっていく。それで目立てば、また非難が激しくなるのだけど、そうすると、まるで反動形成のように擁護派の主張も強くなり、また順位が上がっていく。その繰り返しで、結果として、彼女のその作品は、いつの間にかトップになっていたのだった。

 一応、断っておくけど、彼女は盗作なんかしていない。それは僕が保証する。そもそも、その商業作品が出る前から、彼女はそれを書いていたんだ。偶々、投稿時期は少し遅れてしまったけど。僕はそれを掲示板に書いたみたのだけど、全くの逆効果だった。「仲間が庇うんじゃ、信用できない」とそう僕まで非難されてしまった。

 もちろん、こんな順位の上がり方は、彼女の望むところではない。それどころか彼女は明らかに被害を被っていた。根拠のない酷い悪口が、彼女の作品に書き込まれたり、悪戯メッセージが送られて来たりして、彼女はインターネット恐怖症とでも言うべき状態に陥ってしまったのだ。

 これは、姿のない集団性という名の闇に隠れた暴力だと僕は思う。

 実はネット上では、これと似たような事が少なからず起こる。あるお笑い芸人が、何故か殺人犯扱いされ、それを信じ込んだ多数の人達から脅迫されるという事件もあった。情報の信憑性は、そういう状態に陥った人達にはほぼ無意味で、偏った思想や新興宗教に嵌った狂信的な信者達のように、他人を平気で傷つける。これは、ネット社会の困った問題点の一つだろう。

 そのうち、自然に治まるかと思っていたのだけど、その発火現象のような噂の暴走は続いた。きっと、彼女の作品の質が良かったからこそ、余計に嫉妬心を刺激してしまったのだろう。数は少ないけど、彼女には以前からのファンもいたんだ。

 「もう、その投稿サイトから足を洗っても良いのじゃないか」

 そう僕は言ってみたけど、彼女は「負けたような気がして嫌だ」と、それを拒否した。まぁ、気持ちは分かる。だけど、その内に、彼女はその投稿サイトから脱退する状況に追い込まれてしまったのだ。なんと、どこからどう噂が広まったのか、彼女の職場でもその事件は知られ、そして、彼女は厳重注意まで受けてしまったのだとか。盗作ではないと言っても信じてはもらえず、と言うか、盗作でなくても仕事場にとっては、“噂がある”という事実だけで充分に問題だったのだろうけど、とにかく、その場で彼女は投稿サイトからの脱退を促された。命令という訳ではないけど、実質的には命令と一緒だった。

 それを僕に語った時、彼女は悔し涙を浮かべていた。僕はかける言葉を見つけられず、彼女をそっとしておく事にした。数日後、彼女はその投稿サイトから姿を消した。よほどショックだったのか、その後、彼女は年休を取って部屋で休んでいたようだ。珍しく、酒を買い込んでいるのを見かけた。

 ――もしかしたら、この時、僕がもっと上手く彼女に接していれば、あんな事にはならなかったかもしれない。そう思うと、悔しくてならない。

 彼女が休みを取ってしばらく経ったある日、隣が奇妙に静かすぎる事に不安を感じた僕は、彼女の部屋を覗いてみたんだ。すると、そこには首を吊って死んでいる彼女の姿があった。僕は彼女がそんな事をするなんて、夢にも思っていなかった。勝手に彼女はもっと強い人間だと考えていたから。いや、これはタイミングの問題だったのかもしれない。死にたい気持ちが、何かの弾みで勝ってしまい、彼女をそんな行動に駆り立てた…。普段なら、彼女を止めるはずの何かは、その時、どうしてなのか、機能しなかったんだ。今更、こんな話をしても、まったくの無駄だけど。

 彼女の葬式が終わり事態が落ち着くと、僕はこの出来事を書いて、その投稿サイトに投稿する事に決めた。もう二度と、こんな事が起こらないようにする為に、と言うのは単なる言い訳に過ぎない。きっと、僕は復讐がしたかったのだろう。彼女を殺した連中に、自分達が一体何をやったのかを思い知らせてやりたかったんだ。

 書き上げてから、僕は知り合いの何人かにそれを読んでもらった。正直、そういうものを書いたのは生まれて初めてだったから文書にも自信がなかったし、プライバシーの観点から何か問題がないかと不安でもあった。それに、僕は頭に血が昇っていて、過激になり過ぎていたかもしれないから、チェックしてもらいたかったんだ。

 ところが、それから、読んでもらった知り合い達は、揃って妙な事を言うんだ。

 “お前の書いたあれを読んでから、女の幽霊を見るようになった”

 中には、幽霊とは思っていない人もいたけど、とにかく、女性の姿をした何かが、夢の中や或いは、鏡を見た時に自分の背後に立っていたりするらしい。まさか、とは思ったけど同時に僕は不気味にも感じた。それで、投稿を止めようかと思ったのだけど、すると、読ませた知り合い達はほぼ全員が、「お願いだから、投稿して欲しい」と言い始めたのだ。僕は更に不気味に思い始めた。

 もし、現れた女の幽霊が“彼女”だとして、彼女の目的は一体、何なのだろう?

 僕がこの話の投稿を躊躇していると、よせば良いのに、その噂を聞きつけた人の何人かが、読ませてくれと言って来た。読むと呪われる話なんて、まるで都市伝説みたいで、好奇心を刺激されたのだろう。そして、やはりそれまでの人と同じ様に、“女の幽霊を見る”と、そう言ったのだ。

 これは、いよいよ投稿するのは問題があるかもしれないと、僕はそう思った。だがしかし、しばらく色々な人に読ませていく内に、ある点に僕は気が付いたんだ。どうも、読む人の数が増えれば増える程、“彼女”の存在は薄くなっていくようなのだ。これは多くの人に、彼女の呪いが分散された、という事なのだろうか?

 とにかく、そうと分かれば、既に彼女の呪いにかかってしまっている人達を救う意味でも、これを早くに投稿しなければならないだろう。読む人の数が膨大になれば、個々人への影響は薄くなっていくはずだから。そう考えた僕は、タイトルを『この話を読むと、呪われます』に改題し、それをもって読もうとする人への警告とし、その上で手を加えて、この話を発表する事に決めた。

 もちろん、それが今、君が読んでいるこの作品な訳だ。僕の予想通り、彼女の呪いは分散され、目立った被害報告は聞かなくなった。精々、時々、女の人の影を見る人がいるくらいだ。彼女が何をしたかったのかは、今でも僕には分からない。

 ただ、少しはこう思っている。もしかしたら、彼女は少しでも、ネット上で起こるこういった事件を止めたかったのかもしれない、と。

 その昔、アメリカで、クリントン大統領の女性問題がニュースとして大きく取り上げられた事があった。実はこれは、テレビ局の大物達にとっても全く予想外の出来事だった。何故なら、彼らはそのニュースを無視しようと決めていたからだ。政治を考える際に、単なる女性関係を大きな問題にするべきではない。しかし、大きくの視聴者はそれに注目をしてしまうだろう。だから、トップの人間達はそれを防ごうとした訳だ。ところが、これはトップニュースになってしまった。その経緯は単純だ。地方局にニュースを選ぶ権限を与えたところ、多くの局がこれを選択し、そして視聴者の間でも話題になった結果、発火現象のように全国的に広がってしまい、中央局でも取り上げない訳にはいかなくなったのだ。つまり、トップの人間達が報道すべきニュースを選んだとしても、それが無視されてしまうような現象が起こったという事だ。

 もちろん、トップの人間達が情報をコントロールする体制にも大きな問題はある。情報統制の危険性は言うまでもない。しかし、個々人が過剰に情報を流出させる事にも問題はあるんだ。ネットという個人の影響力が強くなった環境で、個々人が何も考えず、無責任に、軽挙妄動に行動すれば、それは集団の暴力となり、悲劇を起こしてしまうだろう。ネット上で、個人攻撃のターゲットにされ、個人情報まで公開されてしまうような事件も実際に起こっている。

 君が、何かの作品を評価し、それを公開する。

 そして、これも、実は一つの情報公開で、社会に向けて個々人が影響を与える手段の一つだ。世の中に読ませるべき価値のある作品を評価したなら、それは世の中に良い影響を与える結果に繋がる。逆に、悪影響を与えるような作品を評価すれば、もちろん、悪影響を与えるだろう。だから、その作品の評価に、君は責任を持つべきなんだ。

 “作品を評価する”とは、ただの娯楽性にだけ基準を置けば良いものではない。更に言うのなら、もし、評価者がそういった基準で評価をするのが、投稿サイトの通常のスタイルになったとしたら、その投稿サイトの社会における価値も上がっていくだろう。そうなれば、評価のトップに立った者が、出版社から注目を集めるような事も起こるかもしれない。その方が、投稿サイトに参加している者にとっても好ましいのは言うまでもない。

 ネットが普及し、個々人の力が強くなった。それは同時に、個々人の責任が重くなったという事でもある。恐らく、彼女の存在は、その象徴なのだろう。彼女の呪いは、それを思い知らせる為に生まれたのかもしれない。

 ……きっと、ここまで読んで、彼女の呪いを信じていない人もいるだろう。だけど、彼女の呪いは確実に存在している。何故なら、今君が読んでいるこの文章こそが、彼女の呪いそのものだからだ。

 この彼女の話が例え嘘であったとしても、君はこの文章を君の脳内に存在させてしまった。それは、呪いにかかったという事だ。そして、何かの作品を評価する際、或いは評価された作品を読む際にも、それは確実に効いてしまうんだ。

 もちろん、それがどんな風に効き、どの程度の影響力を持つかは、君次第なのだけど。できれば、良い効果を与える事を、僕もそして彼女も望んでいるはずだ。

 例えば。

 例えば君は、今読んでいるこの作品をどう判断し、どう評価するのだろう? どうかいい加減に、流したりはしないでくれ。ほら、君の背後で、彼女が見ているよ。君は責任を持って、この作品を評価しなければならない。もちろん、低い点数を入れようが高い点数を入れようが、それは君の自由だし、“評価しない”という評価だっていい。大切なのは、君がその評価に責任を持つ事だから……

 少し前に”小説家になろう”で起こった「○○してはいけない~」の事件(と、そう呼んでしまいますが)をパロってみたつもりです。

 あの作品のタイトルを見た時、僕は都市伝説によくありそうな、読むと呪われる系の怪談なのかと思いました。で、トップという事はかなり上質なのだな… と思っていたのですが……。まぁ、読んだ人なら分かると思いますけども、悪い噂の宣伝能力って凄いなって改めて思ったりして。


 あの事件は、ネット社会に起こる現象の事例として、面白いケースだと思ったので題材に使ってみました。

 ……本当に怖いのは、人々の噂の方だよ、と。


 しかし、この話、僕にもそのままブーメランで返ってきますね。

 責任持って、作品を評価しまーす。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 こういった作品に感想を残させていただくのは、(普段あまり感想を書かない人間なので、余計に)ちょっとどきどきするのですが(汗) ネットの集団暴力というのは怖いなぁといつも思っ…
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