ハロー、セカンドヒーロー
青年は、左手に銃を持ち、体をひねるようにしてその手をを窓の外に出していた。しかしそれでは後ろにいる相手を狙いづらかったのか、運転席にほとんど横向きになって座り、車のハンドルから手を離し、左腕全てを外に出して後ろの標的を狙った。
バスッ
近くで聞けば意外と低く力強い発砲音がした。
「があっ」
後ろのほうで、男の悲鳴がする。ばたん、となにかが倒れた音も。曲がり角まで来たので、青年はとりあえず前を向いてハンドルを握った。こちらから攻撃したからだろうか、先ほどまでよりも攻撃は激しくなっていた。
「あのっあのっ」
「なんだ。こら、身を乗り出すな。ねっころがって頭抱えてろ。」
「さっきの人はどうなったんですか!」
細くてかくかくと折れ曲がる道を大型のワゴン車で見事に走り抜けながら、青年が視線だけこちらによこした。
「あ?さっきのってどれだ?」
道をふさぐようにして積み上げられた樽が目の前に現れ、よけることができずにそのまま突っ込んだ。激しい破壊音のなかで佐和子は負けじと声を張った。
「あ・・・あなたが・・・・・・」
「俺の、名前は、クロツキ、だ。」
「く、くろつき、さんが、さっき・・・うわあっ、その銃で撃った人ですよ。倒れた音がしたし、悲鳴をあげてた!」
落ちていた酒瓶をふみ、車体が大きくかしぐ。佐和子は頭を窓ガラスにしこたまうった。
「ほらみろ、危ない。とりあえず座ってろ。」
「質問に答えてください!」
クロツキは心底うっとおしそうに首をぱきぱきと鳴らした。アクセルを踏み込みながら、てきとうな口調で答える。
「あいつが持ってた銃を狙ったけど、ちょっとずれて腕に当たった。当たり所が悪くて、かつ手当てが遅けりゃ、出血多量で危ないかもしれない。でも、おそらくおおげさに倒れただけだ。包帯巻いてちょっとすりゃ治る。あっちから攻撃してきたんだ。別になんの問題も無い。」
「そんな・・・。」
クロツキは悲壮な声を混ぜ込んだ佐和子のため息を聞いて軽く首をかしげた。なんでそんな声を出すのか分からない、というように。
そのときだった。
ばばばばばばばばばばばばばばば・・・・・・・
いたる方向から銃弾が浴びせられた。攻撃してくる人数が一気に増えたことを示している。ひびの入ったバックミラーを睨み、クロツキは舌打ちをしてから髪をかきあげた。そして手元の袋から携帯電話を取り出し、佐和子に手渡した。
「悪いんだが、これで連絡を取ってくれ。」
だれと、なんてことは聞く必要がなかった。電話帳を開くと、そこに登録されていたのは一人だけだったからだ。
〝如月〟
決定ボタンを押すと、腹が立つほど軽快なコールがなり始めた。差し出された手に携帯を返すと、クロツキはそれを鎖骨とあごで器用にはさむ。そして、相手とつながったらしい。
「キサラギ?」
〝その声は・・・・・・クロツキかい?久しぶりだね。〟
女かと思うような柔らかで優しげな声がスピーカーから漏れ聞こえる。
「悪い。ちょっと悠長に挨拶してられる状況じゃないんだ。今西部タウンにいるんだが、銃撃を受けてる。多分ここら辺を縄張りにしてる一派だと思う。ほとんど雑魚なんだけど、一人二人腕のいい奴がいる。」
〝要は?〟
「助けて欲しい。」
運転席に近いほうのバックミラーがふっとんだ。
〝・・・。君が僕にそんなに素直に助けを求めるなんてね。なにか特別な状況なんだろう?なに、今走りながら電話しているのかい?それにしては息が切れていないけど。〟
「そんなちょっと走ったくらいで息が切れるような体じゃないが、お察しのとおり、走ってはいない。車で逃げてるんだ。あっ、くそ、エンジンが。」
車体の前方で、どう考えてもヤバイ音がした。
〝んんん?どうしてそんなものに乗っているんだい?西部タウンは君の最適地みたいなものじゃないか。まちの地図なんて頭の中に入っているだろう?路地をうまく利用すれば、君の足で振り切れない敵なんていないはずだけどね。それに今のってる車もそんなに小回りの利くものじゃないだろう。確か大型のワゴン車だったはずだ。そんなもの乗り捨てて走って逃げれば良いじゃないか。〟
佐和子は愕然とした。クロツキは、自分がいるから追っ手から逃げ切れないのだ。
「いや、そうもできない。今、〝養子〟をつれてるんだ。」
クロツキの口から、意味の分からないワードが吐き出された。養子?
しかしそれを聞いて、電話の相手はとても嬉しげな声色になった。
「へえええ。やっとねえ。嬉しいよ。そういうことなら今から助けに行く・・・・・・、というか、もう着いたよ。」
そのとき、何人もの男の悲鳴が重なった。左右に並ぶ店のなかや、りんごの入った木箱の蔭に、地面につっぷした人々の姿が見える。クロツキが顔をしかめ、あいかわらずだな、とかなんとかつぶやきながら車を降りた頃には、すでに佐和子たちに攻撃をしてくるものは居なくなっていた。
クロツキがジーンズとTシャツについたガラスの破片を払いながら、男性に近づく。
「悪いな、キサラギ。コーヒータイムだったろうに。」
「息子が心配じゃない親はいないんだよ。」
聞いただけでとろけてしまいそうな声にぴったりの甘いマスク、真っ白なのに健康そうな印象の肌、まつげの長い繊細な目、高めの鼻。日本人離れしたいでたちの彼は、右手に銃をもち、顔に返り血を浴びたままで輝くような満面の笑みを浮かべた。
そのためだろうか、白に近い銀髪をかきあげる仕草はまるで雑誌のモデルのようなのに、彼の瞳は決して油断しない野生動物を連想させた。