番外編・後編
前編とは少し印象の違った作品となりました。ご了承下さいm(・_・)m
桔梗の花は寒い季節には華を咲かせられないんだよね……。
200X年 12月
あたしはこの日もいつものように、通いなれた塾への道を、ふわふわ舞い散る粉雪の中サクサクと歩いていった。不意に北風がびゅうっと吹いて、寒さにあたしは身をよじった。
「おはようございまーす。はぁ〜生き返ったぁ!!」
「あはは、すごいよね外。お疲れさま」
朱家先生はこの日も素敵で、あたしに向けられた笑顔が本当に輝いてみえた。
(ドキドキ)
「でもこの分だとホワイトクリスマスになりそうですね!」
あたしは少し、ほんのちょこっとだけ、朱家先生とのクリスマスを夢見たりした。
「お前はクリスマスどころじゃないだろ?ほんとに危機感がないんだから」
「はい。そう、ですよね」
(がっかり)
「神谷……。ごめん、分かってるならいいんだ。たまには息抜きも必要だよな」
「いえ、確かに危機感が足りなかったと思います。言ってもらえてよかった!」
あたしは何とか元気を出して、精一杯の笑顔で答えてみせた。
この頃あたしの元気がいまいち出ない理由は、模試の結果のせい。
第一希望の高校はD判定……。落ちるの確実。
第二希望ですらC判定。もう、どん底。
先生には進路を変えるように言われて、家ではせっかく塾に通わしてやったのにと怒られて……。でもあたしのプライドが、いらないプライドが、こんな時だけしゃしゃり出てきて進路変更を拒むんだよ。恥ずかしいからやめなさいって。
「先生、実はあたし先生にずっと言いたかった事があるんです。もしあたしが受験に受かったら、言ってもいいですか?」
「何?気になるなぁ……」
「じゃあ、受かるように祈ってて下さいね!!」
「もちろん」
約束したんだから先生、本当に当日はあたしのことを思って、しっかり祈ってね。
先生の祈りがあるだけで、あたしはいつも以上の力が発揮できると思うから。
先生は、あたしという1人の人間に対してそれだけのパワーを持ってるんだよ。知ってた?
この約束が、あたしの希望だった……。
200X年 3月
トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……。
午後8時、朱家の家の電話が部屋中に鳴り響いた。この日は日曜日で仕事が休みだったため、朱家は珍しく家にいた。
「はい、もしもし」
「朱家先生…?ごめんなさい、急に電話したりして……」
「…神谷?どうして家の電話番号……」
「塾の人に聞きだして……。ほんとにごめんなさい!勝手にこんな事して……」
「いや、それはいいんだ。でも、どうした?何か用事があるんだろ?」
「ごめんなさい…あたし、先生との約束、守れなかったよぉ……!」
「約束?」
「落ちちゃったの…滑り止めも、全部!!先生どうしよう……あたし、どうしたらいい…!?」
「落ち着け神谷!今どこだ?」
「……学校」
「分かった!すぐ行く!!」
多分あたしはすごく情けない声を出していたんだと思う。しかも涙声。だって電話の向こうで先生、本当に心配そうにしていたから。
3月といっても空気は肌寒く、あたしはできるだけ小さく、風に当たる面積を少なくしようと、校庭のすみっこにしゃがみこんでいた。
涙(と鼻水)でぐちゃぐちゃの顔をみられないように膝に顔を埋めて、声を殺して泣いた。
「神谷!大丈夫か?」
あたしは顔をみられたくなくって、下を向いたまま頷いた。
「まだ二次募集もあるんだし、そんなに落ち込むなよ?大丈夫だから、一緒に頑張ろう」
先生、あたし頑張ったんだよ?テスト前の一ヶ月は寝る間も惜しんで頑張ったよ……!?
それは、あたしには志望高に行く実力がなかったってことでしょう……?
その場限りの慰めなんてやめてよ!
「神谷……?」
先生、こんな嫌な子を心配したりしないで……。自己嫌悪に押し潰されそう。
「大丈夫っ…!」
あたしは涙を拭って、大好きな朱家先生に笑顔をみせた。
だけど、泣き腫らした目で笑ったってブサイクが際立っただけだろうな……。(苦笑)
「先生、最後に1つだけ、約束は守れなかったけど、言いたかったこと、やっぱり言ってもいいですか?」
「いいよ。何?」
あたしが少し前向きな姿勢を示したので、先生は心なしか嬉しそうに見えた。
「あたし、ずっと先生のことが好きでした」
「え…?それって……」
先生は思ってもみなかったと言う顔をした。
「先生に彼女がいるのは知ってます。クリスマスの日に街でみかけて。だから、気にしないで下さい。伝えたかっただけなんです」
「うん。ありがとう。気持ちはとても嬉しいよ」
「じゃあ、今日は呼び出しちゃってほんとにすみませんでした」
「本当にもう大丈夫なのか?家まで送るよ?」
「ううん、少し一人になりたいんです」
「…そっか、分かった。気を付けろよ」
「はい」
先生はあたしの返事に満足そうな表情をして、ゆっくり帰っていった。
途中一度だけ振り返って、あたしに手を振った。あたしも小さく手を振った。
99%の不幸と1%の幸福。あたしにはその2つがつりあって感じられた。たった1%でも、胸一杯幸せだったよ。
ありがとう。
「……もくん。ともくん!」
僕ははっと目を覚ました。心配そうに覗きこむミミの顔が見える。
「だいじょぶ?うなされてたけど……」
「ちょっと、昔の夢を見ただけ……」
「そっか。でも智くん辛そうだからあんまし訊かないことにするね」
「…ありがとう」
気付けば体は汗でびしょびしょだった。あの日のことは、多分一生忘れられない。
あれは僕のせいで起こってしまったことだ。
僕だけが、彼女の運命を変えられたかもしれなかった。
いくらバイトといっても彼女は僕の大事な教え子だったのに……ミスを侵した。後悔ばかりが思いおこされる。
彼女が最後に会ったのは誰でもなく僕だったのだから。
お父さん、お母さん、ダメな娘でごめんね……。
でもあたしは、お父さんが意見をちっとも聞いてくれない事が悲しくて仕方がありませんでした。
あたしに無関心なお母さんが憎くてしょうがありませんでした。
そうやって卑屈に育ったから、あたしは友達がうまくつくれませんでした。
ふたりとも、一度だって、あたしが悩んでるって気付いてくれたことある?
あたしの教科書や上靴がボロボロだって、気付いてくれたことがあった?
あたしがあんまり学校に行っていないって、知っていてくれた?
あたしはイジメられていました。
しかも頭まで悪くって、本当にもう救いようがないでしょう?
高校なんて、行ってもどうせ今までの事の繰り返しだよね……。
落ちてしまったことが、かえってあたしの心を決めるのに良かったような気がするよ。
あたしにとって人生は出口のない迷路のようなものでした。
出られないと分かっているのに進みたくはないでしょう?
だからあたしは今日を出口に決めたの。
あたしを苦しめ続けた学校は、出口にぴったりだと思うでしょ?
さようなら。
あたしの死を少しでも悲しんでくれる人が居ることを願って……。
――神谷桔梗の遺書より