第二話;その理由
時は逆上り<僕>が<君>を拾った日、ちょうどその日の午後1時……。
「別れたいの。好きな人ができたから……」
最愛の彼女はそう言った。
おぼろげな意識の中、彼女のごめんなさいという言葉が嫌にはっきりと耳に残った。
僕はしばし彼女の残したコロンの薫りに包まれ、立ち尽くした。
それでも僕は、昼休みに抜けて来た事を思い出し、律義に職場に戻ったんだ。
ほんとうは仕事なんか放り出してしまいたかったのに。
愛の傷心逃避行なんて、カッコイイものじゃないけど。とにかく何もかもどうだってよかった。彼女を愛していたから。
そんなに、簡単に言ってしまえる様な気持ちじゃなかったけど。
――僕は立派だった。
いつも通りに仕事をこなし、いつも通りに人付き合いもした。
もしかしたら少し自暴自棄になっていたのかもしれない。
その証拠に、僕はこの日の事をうっすらとしか覚えていないんだ。
この日の僕は、僕じゃなかった。
有り得ない“もう一人の僕”が“僕”を動かしている感覚。少なくとも僕自身にとってはそれが真実だった。
やけ酒とでもいうのだろうか……25年間(と少し)マジメに生きて来た僕には珍しく、仕事帰りに飲みに行った。
もともとアルコールに弱い体質のため僕はすぐに酔ってしまった。
「酔い醒ましに風に当たって帰ろう」
僕は路地をゆっくり歩き始めた。
20分ほど歩いた先で、僕は哀しそうな子猫を見つけた。
普段の僕であったなら放っておいただろう。見なかった事にしただろう。
この日は違った。
その、小さな体の、それでいて大きな影をしょっている、猫に、少女に、心が揺れた。
関わる事の恐怖よりも、興味がまさった。僕は初めて、危ない橋を迂回せずに渡ったんだ。
「何、してるの?」
言葉は案外あっさりと口から零れた。
少女が顔を上げる……。
あぁ、なんて哀しい眼をしているんだろう。僕は助けてあげたいと、強く、思った。
助ける事で自分が救われたかったのかもしれない。
人は所詮自分のために生きる生き物だから。自分と無関係では有り得ないのだから。
帰ったら、暖かいミルクをあげてみようか。