第二十二話;願いの叶う時
心臓が破けそう。
走ったせいで、呼吸も荒く、最近上手く眠れなかったから、少し目眩もした。
額に滲んだ汗を拭う。エレベーターの中、微かな機械音。
満月の夜、人間は興奮するんだって聞いたことがある。
だとしたら、多分あたしは今、人生で一番興奮してる。
そのドアの前に立っても、なかなかチャイムを押す勇気が出なくて。あたしはただボーッと表札を眺めていた。
やっと冷静になってきて、呼吸もすっかりもと通りになって。いよいよ覚悟を決めた時だった。
「ミミ!?」
突然開いたドアと、目を丸くして立ちつくす彼の姿。部屋着のままで、出かける所という風でもない。
「た、だいま」
「本物……?」
そういえばあたし、何を言うのか全然考えてなかった。会いたい気持ちだけで帰ってきて。
「あの、あたし……なんだろ。もう、智くんが急に開けるから!」
「気配を感じて。でも、本当に居たからびっくりした」
「ウソ!?」
「本当だよ。気配を感じたのは今日だけじゃないんだけどね」
そう言って、智くんはにっこりと笑った。困ったような笑顔。
「怒ってないの?あたし、勝手に出ていって……」
「怒ってないよ。でも、心配で心配で、少し寿命が縮んだ気がする」
「……ごめんなさい」
智くんの手があたしの腕をつかみ、ドアの内側へ引き寄せる。あたしはゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。
「おかえり、ミミ」
受け入れられて、嬉しくて涙が溢れた。
「智くん……」
「泣くなよ。もう、無事で居てくれただけで十分だ」
懐かしい温もりが、あたしの頭を撫でてくれた。涙腺はますます緩くなって、次々と溢れる雫は止められなかった。
「毎日毎日、必死で探してたんだ。お前が居ないと、この部屋は静かすぎて……」
「大好き」
やっと言えた一言に、智くんはそっと微笑んで、あたしの体を抱き締めた。
「俺も好きだよ」
二度目のキスは、コーヒーの味がした。あたしは必死で智くんにしがみついて、地面に座り込んでしまいそうになるのを耐えた。
体が熱くて、溶けちゃいそう。
「智くん」
夢中で求めあうようなキスの合間に呟いたのは、あたしの世界で一番の願い事。
「結婚して」
「…結婚!?」
相当驚いたのか、智くんはしばらくあたしの顔をマジマジと眺めていた。
やっぱりダメか。結婚なんて、あたしなんかとじゃ嫌だよね。
「いいよ」
「え?……今、なんて?」
「明日にでも、婚姻届けを取りに行くよ」
信じられなくて、また瞳が潤んできた。
優しく触れる唇の柔らかさに神経を集中して、この上もない幸せを噛み締めた。
すっかり力の抜けたあたしの体は、易々と智くんに持ち上げられた。
「やっ、重いから降ろして!」
「全然軽いよ。ところで、どこに運んだほうがいい?」
そう言って笑う智くんは、ものすごく楽しそうだった。
運命論なんて信じてないから、彼に出会えた偶然に、心から感謝してるよ。