第十九話;自分の道
変わらないのは、きっと、この気持ちだけ。
揺るがないのは、あなたを好きな想いだけ。
幸せに、なりたいよ……。
まだ陽も昇らぬ早朝、智くんは深い夢の中。眼鏡を取った無防備な顔を背にして、あたしは外に出た。起こさないよう、音もたてずに。
小雨が降っているけど、傘は持っていない。濡れることなんて、気にならなかった。
あたしはもう一度だけ、懐かしむようにマンションを見上げた。
まるでドラマの中の出来事みたいに遠くって、全然実感が沸かなかった。
それでもはっきりと思い出せる。智くんと、離れた日。あたしの自立の第一歩……。
サヨナラ、智くん。ごめんなさい。何も言えずに出ていくあたしを許してね……。
ありがとう。
「響!こっち手伝ってちょうだい」
「はいっ」
「響ちゃ〜ん、そこのドライバー取って〜」
「はい!ちょっと待って下さ〜い!」
日々はひたすら慌ただしく過ぎ、悩んでる暇なんてない。雑用の仕事でも、皆に色々頼まれるのは嬉しかった。
あの日、誘われてから一ヶ月。あたしは正式に劇団の一員になった。初顔合わせの時、俊、紗香さん、他にも沢山の人が、あたしを暖かく迎えてくれた。
毎日は充実して、とても穏やか。あたしを蔑すみ、邪魔なものとして見るあの瞳を見ることもない。
皆いい人ばかり。そう、とてもいい人……。
声を失った大道具さん、車椅子の衣装さん、施設育ちの子供達、親を捨てた人。行き場を無くした人間の集まり……。
心に傷を負った者達の集まりは、酷く心地よく、優しかった。皆が皆、相手を気遣い、思い遣り、慰め、慈しむ。ここでは争いなんて起きなかった。人の醜さを知っているから。互いに辛さを共有して……。
皆、家族だって。あたしもそう思えるかな。思って貰えるのかな……。
それなのに、何故かあたしには、彼等がどこか互いに距離を置いてるように思える。傷付けないよう、心の内側には干渉せず、傷付かないよう、自分の内面も本当には見せていない……。
あたしの選択は、正しかったのかな?
「ねぇ、智くん……」
夜になると、誰かのすすり泣く声が聞こえる。眠れぬ夜を、今この時、一体何人のひとが過ごしているの?
狭い寮の自室。淡い月灯りの元、あたしの頬にも暖かな雫が溢れた。
「……会いたい、よぉ」
あたしが決めた道。あたしの歩む道。この先あなたと交わらなくても、あたしは生きていかなくちゃならない。
大きな手の温もり、してくれたたくさんの事、決してわすれないよ。
あなたを、愛してるから……。