第十八話;依存
「ねぇ……智くん」
「何?」
約一週間が、経った。
今日は午前で帰って来た智くんと、ソファーでDVDを観ながら。
「あたし、さ……。ずっと、此処に居てもいいのかな……」
あたしは膝に顔を埋めて、ボソリと呟くように言った。今のあたしには、これが精一杯。
「どうした?そんなの当たり前だろ?何かあったなら言って欲しいな。俺で力になれるかは分からないけど」
「ううん。何でもないの。なんでも……」
智くんの声は優しさに満ちていて、近くに居るだけでこんなにも安らいで。失いたくない。一生隣で笑っていたい。だけど……。
「心配するなよ。俺はちゃんと此処にいるから」
きっと、それはあたしじゃなくって。
「……ミミ?」
あたしはいつだって選ばれない。一番大切な人に、一番大切だって思って貰えないから。
「智くん」
「ん?」
あたしは、がばっと顔を上げた。
「オナカ鳴りそう……」
「じゃあ先に飯にするか」
智くんが笑ったから、あたしも笑う。心のなか、本当はどしゃ降りの雨だけど、ひた隠しにして誤魔化した。
「よぉ」
「こんにちは」
あたしは初対面の時の河原の土手に、俊の姿を見付けて歩み寄った。買い物に行くところだけど、まだ時間には余裕がある。
「来ねぇの?劇場」
目の前に広がる川は、穏やかに陽の光を反射してる。
「……ううん」
「早く来いよ。団長、待ってるぞ」
俊は着ていたシャツを脱ぐと、地面に敷いてあたしを座るように促した。
「いいよ!汚れちゃう」
「いいから座れって」
手を引かれて、あたしは強引に俊の隣に腰掛けさせられた。気持ちは凄く有り難い。
「……ありがと」
「どういたしまして」
満足げな表情。強引さが何だか新鮮だった。
「ここで何してるの?」
あたしが尋ねると、俊は横から冊子を持ち上げて見せた。劇の台本かな。
「コレ。今やってる舞台なんだけど、練習してるんだ」
「一人で!?凄い……練習熱心なんだね」
「や、もっといっぱい練習しなきゃ。俺なんかまだまだ舞台には上がれない」
俊は少し寂しそうに肩をすくめた。
「俊は舞台には出てないの……?」
「ああ。俺もさ、去年団長に拾われたんだ。それまで演技なんて全然興味なかったけど、今はあの舞台に上がるのが一番の夢なんだ。いつか絶対、役貰ってみせる!」
そう言って笑った俊の顔は、あの大きな舞台と同じく輝いていて、ほんの少し妬けた。羨ましいよ、そんなに嬉しそうに夢を語れるなんて。
あたしにも夢なんてあったかな……。幼い頃はそれなりに考えた筈なのに、ちっとも思い出せなかった。夢なんて、あたしには縁遠いモノ。
「あ〜…劇団来る話。なんか変な遠慮とかしてるならいらないぜ?そんなのもったいない」
「うん、でも違う。……あたしの、ケータイの待ち受けの人」
「大切な人、か」
あたしは小さく頷いた。
「家にね、住まわせてもらってるの」
あたしは秘密を打ち明けるかのように、ゆっくりと噛み締めて話していた。
「離れたくない。近くに居たい。……だけど、迷惑かけたくなくて、劇団に入りたいって思ってるのに、足が前に進まないの。行ったらもう二度と引き返せない気がして、ここから動けない……!」
好きで、好きで。好きすぎて泣けてくる。いつの間にこんなにも依存して、智くん無しじゃダメな体になった?
「響」
頭を撫でる手、智くんと似ていた。それでも確かに違うのは、大好きな人の温もりは別格だから。
「俊っ、あたしいつまでたっても進めないかも……」
「焦るなよ?焦って道を間違えたって意味がない。劇団は、逃げないさ」
あたしは何度も小さく頷いた。聞いてもらえて、心がすっと軽くなる。
悩みを聞いてもらえる友達なんていなかったあたしには、特別な経験だった。
あたしは変わった。人間嫌いで世界を呪っていた昔が嘘みたいに。
――智くんを愛して、あたしは変わった。