第十二話;愛の人
車は、順調に道路を進む。
「そうだ、見たい舞台がやってるんだ。嫌い?見たくない?」
突然、静かな車内に智くんの落ち着いた声が響いた。
「ううん、見てみたい!そうゆうの一度も行ったことないから……」
「すぐそこなんだ」
智くんの無邪気な笑顔がすごく新鮮。出会ってからあと少しで一年になるのに……。それなのに、あたしが知っている智くんはほんの一部で、理解しているのは更にそのまた一部。
それが、当たり前なのかもしれないけど、どうしようもない事なんだろうけど、あたしには智くんが一生分かり得ない人に思えて寂しい。
毎日毎日、新しい智くんと、新しい自分と出会っていく。それは、誰でもない、智くんのおかげ。感謝してるよ、口には出せないけど。
劇場に着くと、智くんは柄にもなくレディーファーストとか言ってドアを開けてくれた。手をとられ、ちょっとしたお姫様気分。お気に入りのフレアスカートを履いてきたことに、今更ながら感謝した。
綺麗な石の床を踏みしめながら、あたしは尋ねた。
「なんていう劇?」
「ミストレス。恋の物語だ」
あたしは思う。普通恋愛モノは彼女を誘うんじゃないかって。
智くんはあたしの心の葛藤なんて知るよしもなく、説明を続ける。そうして最後にこう言った。
「ミミもきっと楽しめると思うよ」
あたしはにっこり笑って頷いた。それは、お愛想でも、媚でも、作り物の笑顔でもない。
――幸せ?
ううん。分からない。
――不幸?
昔はね。でも今は……。
――どっちつかずなの?
そうかな?どうだろう。
あたしの中の、二つの自我が対話する。
劇は難しかったけど、主役の女性が愛人で、胸を痛めてる気持ちだけは良く分かった。もしかしたら、感情意入、してたのかも。
あたしが愛人で智くんは彼、静羽さんは本妻だ。
この物語とおんなじように、あたしの物語もハッピーエンドになればいいのに……。
毎日、毎日。繰り返し、あたしは叶わぬ夢を見る……。