第十話;心に嵐が吹く夜に
今の状況は、一言で言うなら沈黙?
あたしは智くんの部屋のベットに座り、智くんは窓際の椅子に座ってる。ちょうど、あたしに背を向ける形で。
「なんでそっちに座るかなぁ!?」
「お前が向かいに座ればいいだろ?」
「お前って言わないで!」
あたしはつい声を荒くしてしまった。
せっかくの楽しい旅行中に、どうして喧嘩なんてしちゃうかな?ブラウン菅の中のバラエティ番組に見入っている智くんに腹を立てたせいか……。
「ねぇ、なんでそんな態度なの?いつもみたいに隣に座って、頭撫でてよ!」
やっと振り向いた智くんの顔には、疲れの色が浮かんでいて。あたし、ペット失格かな?癒すどころか、迷惑ばっかり……。
ペットにすらなれないのに、彼女になりたいなんて雲を掴むような話。
「ミミ、俺だって疲れるよ。正直スケジュールだって厳しくて、ミミの為に無理してここまで来たんだ。部屋でくらい静かにさせてくれ」
あぁ、そうか……。忘れてた。
「……智くんまで、あたしを否定するの?」
「ミミ?」
あたしは出来損ないの失敗作なんだった。智くんの側があまりに心地よくて、忘れてたよ。
「智くんも、あたしといるの、嫌になったんでしょう?あたし……ダメな娘だから、もう捨てる気なんだ……。そうでしょ?そうなんだ…!!」
あたしはいつの間にかその場に崩れ落ちて、大声で泣き出していた。
ベットに泣き崩れるあたしに、智くんの気配が近付くのが分かった。怒られる?あたしは込み上げる嗚咽を堪えながら身を固くした。耳鳴りがする……。
「ミミ」
智くんがあたしを抱き起こす。あたしは顔を智くんから反らした。
「こっち向いて、ちゃんと話し合おう」
「やだよぉ……ひっく。捨てないで……」
鼻をすするあたしに智くんはティッシュを差し出す。
「大丈夫だから」
あたしのぐちゃぐちゃな顔を智くんが拭いてくれた。いつもみたく、優しく穏やかに。
「智くん……智くん側にいて……」
“好き”って言葉が、喉まで出かかった。
「不安にさせてゴメンな」
なんで?いつかは捨てるんでしょ?最後のご褒美旅行じゃないの?
訳も分からずあたしは智くんの胸に顔を埋めた。細いのに、やっぱりがっしりしてて、男の人だなって思う。
智くんに抱き締められただけで、心の中の嵐のようなものが、すぅっとおさまって行くのを感じた。
「落ち着いた?」
あたしは、ウサギみたいになってるはずの目で智くんを見上げた。智くん、眉毛が下がって、ちょっとかわいい。
「……ごめんなさい」
心音が、やけに大きく聞こえる。先に目を反らすのは、あたし?それとも智くん?
言葉はない。だけどゆっくりと、確実に、時は進んでいく。
智くんの呼吸を、近くに感じる。近付いてくる。もぅ、すぐそこに……。
ドクッ……。
心臓が、止まった気がした。
頭の中に、パニクってるあたしと、キスするの久しぶりなんて考える冷静なあたしとが居たりして。だけど体だけは素直に本能に従い、智くんの背中に腕を回す。
触れ合うだけの、幼いキス。
もうずっと、そのままで居たいと思った。
けれど、時は止まらない。
そっと、唇が離れていく。 物足りなさが、胸を襲う。やはりあたしは、盛のついたメスネコでしかないのかもしれない。
――汚れた過去は一生消せない。
何よりも、智くんの真意が掴めなかった。あたしを好きだという風には、何をどうしても考えられなかった……。
思えば、こんなに人を好きになったのなんて初めてで、あたしは困惑してたんだ。