9th Game
4月18日 北海道 国道
22:15
網走刑務所を解放されてから5時間が経った。国道を走っているが、北海道という広大な地のせいか、網走での混乱が嘘のように落ち着いている。道は一直線にどこまでも続いている。明かりがなく暗くて周りはよく見えないが自然豊かな景色が広がっているのだろう。刑務所から逃げた時より、幾分か気分は落ち着いている。おれは今後のことを考えながら、たまに走っている前の車を120kmくらいの速度で、対向車に気をつけながら抜いて行った。
ウーウー
少し離れた所でパトカーのサイレンの音がする。バックミラーを見るとヘッドライトがチラチラと映っていた。おれは100kmちょっとで走っていたがヘッドライトはぐんぐん迫ってくる。ヘッドライトが近付いてくるにつれ、その後ろに赤いランプを煌々とさせながら走っている車が確認できた。
「やべ…。」
おれはアクセルを踏み込み加速したが、一瞬の判断の遅れにより、後続車に追いつかれてしまった。
「貴様ら無駄な抵抗をやめて今すぐ止まれー!」
二台のパトカーからは、順次スピーカーでの説得がなされていた。追われている車は三台。今、おれの車も加わったため、計四台となる。
「バカヤロー!おれを巻き込むなよ!」
そう叫んだが、180kmの猛スピードの中、カーチェイスが始まった。
ゾワッ
車が多少でもアップダウンのある所を通過すると身体が浮き上がる。カーブに差し掛かれば、身体が外に持っていかれる程のGがかかる。ハンドルを握る手には力が入り、どんな圧力にも耐えられるよう、身体を前のめりにし、前方とバックミラー、サイドミラーを順番に目だけで追う。
「あー、うぜぇ。こんな一本道が続いてたら脇道にも入れねぇじゃねぇか!」
ドゴンッドガッ!
後ろのやつが車をぶつけてきた。おれが道を譲らないことにイライラしてきたのだろう。しかし、おれはおれで警察に見つかれば捕まる身だ。この今着ている囚人服を見れば誰が脱走犯かは一目瞭然だろう。
「ぶつかってくんなよ、バカヤロー!」
その度に鞭打ち症になりそうなくらいの衝撃が車を襲うが、おれはハンドルをさらに強く握りしめ、さらに強くアクセルを踏んだ。前を走っている一般車両を見つけても、あっという間に追い越し車線から抜いて行く。
「逃げられると思ってるのか!止まれー!」
パトカーの停止命令を無視し、後続車はおれの車の横に滑り込もうとする。
「させるかよ!」
おれはハンドルを切ってそれを阻止する。バックミラーを見ると、後ろの車とパトカーもかなり激しくやりあっている。
「いい加減に止まれ!これ以上逃走するなら撃つぞ!いいから止まれ!」
囚人達の車は止まるどころか蛇行しパトカーを挑発する。
パンッ、パンッ
ギュルギュル
バックミラーの中のヘッドライトの動きから、車一台がコントロールを失ったのがわかった。
ズゴゴゴ、ドゴーッン
確実に脇の看板に突っ込み、大破したような音が聞こえた。
「まじかよ。ホントに撃ちやがった…。」
そんな光景がミラー越しに見えていたが、サイドミラーから目を離した途端、一台が横につけてきた。
「くっ!」
おれがハンドルを切って幅寄せするのと同時に、向こうもハンドルを切ってきた。
ガガッ、ガギッ
ガガガガッ、ガガガッ
前に行かせないようにするおれと前に出ようとする囚人達の車が激しくぶつかり合い火花が散る。おれの注意が左側にだけ集中した瞬間、もう一台の囚人達の車がおれの車の右横を駆け抜けた。
パンッ、パンッ、パンッ
二発目の音と共に、右のサイドミラーのガラスが割れた。と同時に追い抜いて行った車が左右に小刻みに揺れた。そして、道のアップダウンに合わせて一回弾んだと思った途端、車の裏が見えそのまま横転した。
「うわぁーーー!」
右前方で横転した車を避けようと思いきりブレーキを踏み、思いきり左にハンドルを切った。
キキキキーーー
ガガガガッ、ガギガギッ、
ガガガガガガッ
並走している車が邪魔でうまく左に避けることができない。
「うわぁーーーーー!」
ぶつかる!!と思った途端、車が大きく左に動いた。
バキッ
パトカーに撃たれたサイドミラーが、横転した車にぶつかり吹っ飛んだ。
ドゴッ、ゴゴゴゴッ
並走していた車はおれの視界からフェードアウトし、左の畦道へと突っ込んで行った。おれの車は横転した車から30メートルくらい行ったところでやっと止まった。
「ぷはー、やべ、死んだかと思った…。」
そう思ったのも束の間、パトカーのサイレンがおれの横を通過し、おれの車を塞ぐように止まった。バックミラーを見るともう一台はおれの後ろで止まった。パトカーから警察官が出てくるまでの間のほぼ一秒くらいだが、頭の中で無数の打開策を考えた。しかし、逃走は不可能という判断しか下せなかった。
「おい、そのまま動くな!動くなよ!」
前のパトカーから降りてきた警察官は銃をおれに向け、ゆっくりと近付いて来た。
「よしよし。そのままハンドルから手を離し、手を上に揚げろ!」
おれは諦めて警察官の言うことを素直に聞くことしかできなかった。
「おまえらみたいなカスが日本をダメにしてんだよ。」
警察官に車から引きずり降ろされると、網走方面が小さくぽっと光ったのが見えた。
「今、網走付近でおまえみたいな囚人と警察が戦ってんだよ。まあ、囚人なんか全員片っ端から捕まえてやるけどな。」
パンッ
渇いた音が国道に響いた。一瞬時が止まったように思えた。おれを車から引きずり降ろした警察官がおれにもたれかかってきた。異様な重さで、おれは膝の踏ん張りが効かず、警察官に押し潰されたような格好になった。
「ちょっ、ちょっと、ど、どうしたんですか…?」
完全に脱力した状態でなんの反応もない。おれは身体に巻き付いた警察官の手をほどき、自力で警察官の下から這い出した。
「えっ…?」
辺りに街灯はなかったが、パトカーのヘッドライトでおれの周りは比較的明るかった。
「おい!大丈夫か!おい!」
倒れた警察官の制服はどす黒く染まっていた。それはおれの囚人服もどす黒く染めていた。
「おい!しっかりしろ!おい!」
途中で呼び掛けても返事が返ってこないだろうことがわかった。
「おい!おい!」
おれは呼ぶふりしかできなかった。この警察官を撃った銃口がこちらを向いているのが視界の片隅に入っていた。
「おい!おい!」
銃口を向けられているのに気付きながらも、いざとなると体が動かない。
「おい!おい!」
今撃ってこないということは、撃つ気がないのか、それとも焦らしているのか。どちらともわからないが、この状況を打開する策を考えねばならない。引き金を引かれれば命がないという、この重圧の中、何も思い浮かぶことはない。死の恐怖が常におれを支配するようになり、おれは段々と何も考えられなくなった。警察官の肩を抱き上げ、喉元を見た状態で身動きもせずに固まってしまったおれに、そいつは一言だけ発した。
「最後まで生き延びろ。」
バタンと車のドアが閉まる音がした。おれは体が固まったままで顔を上げることもできなかった。車が走り去った後もしばらく動けなかったが、雨粒がポツ、ポツ、と警察官を抱き上げた手に落ちてきたことで、我に返った。
「…生き延びろ…?どういうことだ?」
雨足が少しずつ強くなってくる。
「上等だよ。わけわかんねぇけど、何があっても生き延びてやるよ。」
おれは倒れている警察官から拳銃を奪い、サイドミラーが吹っ飛んだ車に乗り込んだ。
☆
4月19日 北海道 国道
0:30
おれは車のワイバーの動きを一段階早くした。
『99,325,363/130,000,000』
ハンドルを持たない方の手で携帯を開いたが、すぐに携帯を閉じ、助手席に放り投げた。
ブー、ブー
「…緊急速報か。」
助手席に手を伸ばし、放り投げたばかりの携帯をまた掴んだ。
『0:33 網走刑務所に向かった機動隊が全滅。脱走した囚人達が網走市を占拠した模様。囚人服が脱げない構造になっているため、まずは服装を確認し、囚人には近付かないこと。』
「機動隊全滅って…。」
車のラジオからも少し遅れて、同じような情報が流れてきた。新たな情報として、特殊部隊が投入されることがわかった。また、各地で検問が実施され、囚人封じ込め作戦が行われているとのことだった。なにがどうあれ、おれは新潟に戻りカオルを探すことを目的とし、アクセルを踏み込んだ。