7th Game
4月13日 北海道 網走刑務所
18:08
なんでおれはこんなとこにいんだよ…。なんもやってないのに…。それにしてもなんでおれがあの防犯カメラに映ってたんだ…。あいつはなんであんな証言したんだ…。たしかにカメラにおれ?が映っていた。証言したあいつが嘘をついているようにも見えなかった。
「おい、ミドリカワ、着いたぞ。今日から死ぬまでここだから、覚悟しとけよ。わっはっはっは。」
人をおもいっきり見下した態度を取る看守だ。おそらく受刑者がいない世界にいれば、周りから気持ち悪がられるタイプだろう。それよりも、これから先、もしかしたら一生を過ごすことになるかも知れない、この目の前の要塞をどうするかを考えなければならない。おそらく、あれだけの証拠があれば再審は無理だろう。誰の目から見てもおれがやったようにしか見えない。
しかし、おれは何もやっていない。人を刺すなんてことは絶対にしない。普段は血を見るだけで、頭が痛くなる。そもそも、被害者はおれが愛していたものなのだから。そうは言っても、この現状は変わらない。このまま無実の罪を被せられたまま、こんなとこで死ぬわけにはいかない。なんとかしてここを抜け出し、自分で調べるしかない…。そして、必ず見つけだし復讐しなければ…。
☆
~2年前~
8月15日 新潟
23:35
「お~い、エミコ~、なんかあったか~」
おれは今朝からメールの返信もなく、電話も繋がらないエミコが心配になり、エミコのマンションにやってきた。
ドンドン
「お~い」
ふとドアノブに手をかけると鍵が開いていた。
(あれ?中にいるのか?)
「エミコ~、入るよ~。」
ドアを開けると、背筋が凍るような冷気が顔の脇を抜けて行った。特に霊感は持ち合わせていないが、空気だけでやばいことになってることがわかった。
「エミコー!エミコ、エミコーー!」
凍り付くような冷気はエミコが発していたのだろう。リビングのドアは開いており、白の絨毯と真っ白でくすみのない純白な肌をした脚が見える。近付くにつれその透明感のある脚からもも、腰が見えてきた。座っているのではない。仰向けに倒れている。
さらに恐る恐るドアに近づきリビングを覗き込んでみると、今までの純白の景色が一転、真っ赤に染まった世界が広がっていた。赤い世界を作っているであろう中心地には、この世界の根源となるものが存在した。見覚えのある形のその凶器は、以前とは違う真っ赤な色をしていた。
おれは玄関のドアを開けた時から、なんとなくこれに近いイメージが出来上がっていたため、実写を見ても動揺せずにすぐに110番できた。
☆
4月15日 北海道 網走刑務所
8:30
「ぎゃあーー。」
鉄格子の向こうを看守が走り抜けた。何かに追われているようだ、と思った途端、今度は黒い塊が鉄格子の前を通過した。
「ぎゃあーー……あっあ……。」
「おいおい、なんだよ、あれ。」
黒い塊に飲み込まれた看守の声はもう聞こえない。よーく見ると黒い塊は小さな虫の集まりだった。
「看守さーん、大丈夫ですかー?」
しばらく待っても返事はなかった。代わりに黒い塊の一部がくずれ落ちた隙間から、頭蓋骨が現れた。
「うわぁ。…喰われた…のか?」
何が起こっているのか全くわからないおれだったが、刑務所に入れられている身としてはどうすることもできなかった。
そして、半日、あの頭蓋骨になってしまった看守以外の看守は鉄格子の前に現れなかった。変化があったのは夕方のことだった。
「お~い、こっちに残り一人いるぞ。全滅だなこりゃ。」
「でもまあ、看守でよかったよ。これが囚人だったら、世間から何を言われるかわかったもんじゃない。」
声だけしか聞こえないが、おそらくここに関係する者だろう。あいつらは何か知っているのか?
「すいませ~ん。何かあったんですかー?」
「……。」
確実に聞こえているはずなのだが返事はなかった。
☆
~2年前~
8月17日 新潟
9:30
ドンドンドン
おれは玄関を叩く音で起きた。昨日は一日警察と一緒だったため、異様に疲れた。せっかくその疲れを取るために熟睡していたのに、それを邪魔された挙げ句、最悪な未来へと引っ張られて行った。
「おまえだろ?」
取調室に入ると一言だけで聞かれた。
「は?」
「おまえだろ?お・ま・え・が・やっ・た・ん・だ・ろ?」
ムカつく喋り方だ。それはいいとして、おれには何がなんだかわからなかった。いきなり任意同行を求められ、警察に連れて来られ、訳のわからない質問をされている。
「なあ、彼女とけんかしてついやっちゃったんだろ?殺した後、怖くなって自分で通報した。そうだろ?」
「はあ?何言ってんですか?おれがエミコを殺したってんですか?ふざけるのもいい加減にして下さい。」
といいつつ、警察はふざけてなんかいないということはわかっていた。どんな些細な動きも見逃さない、そんな刑事の目でおれを見ていることは百も承知だった。おれはなぜおれに容疑がかかっているのかを冷静に聞き出そうとした。
「おまえ、通報する前にも彼女の家行ったんだろ?彼女を殺しに。」
「何言ってんですか、おれはあの日朝からエミコと連絡が取れないんで、様子を見に行っただけですよ。そしたら、エミコがあんなことになってて…。」
「じゃあ、確認するが、おまえが彼女の家に行ったのは、その一回だけなんだな?じゃあ、マンションの防犯カメラにおまえが二回映っていたとしたらどう説明するんだ?」
「えっ?」
「おまえが通報する3時間前、おまえが被害者宅に行ったのが防犯カメラに映っているんだよ。」
そんなはずはない。おれは朝起きてから夜エミコのマンションに行くまで一日家でゴロゴロしていた。
「おれは今日一日…。」
ガチャ
取調室に入ってきた男が目の前の男に何やら耳打ちをした。
「ふふ、ミドリカワ、長い一日になりそうだな。」
☆
4月17日 北海道 網走刑務所
4:50
「あー、腹減ったー!なんか持って来いよ!このままじゃ、死んじまうぞ!」
隣にいる囚人がどうにもならない中、喚きちらしている。たしかにもう腹が減ってどうしようもない。看守が変な虫に襲われた日以来、だれもここに入ってこない。完全に外界から放置されているこの檻の中にいるということは、誰かの助けがないと生きていけない。あんなくそ看守でもいてくれないとおれらは生きていけないのだ。
「これがここの手口なんだろ?」
また隣の囚人が怒鳴り始めた。
「散々おれらを弱らせて、連れてくんだろ。おれは知ってんぞ。昔ここに収容されて大量に死んで行った奴らを。でも、奴らは死んじゃいない。死んだことになってるが連れてかれただけだ!おれらも連れてくんだろ?ここの『地下帝国』に!」
地下帝国?おれは馬鹿馬鹿しいと思いながら、そんな妄想から生まれた言葉が頭の片隅に焼き付いた。
網走刑務所は、1890年にその歴史が始まった。当時はエアコンなんていう便利な代物はなく、北海道という土地柄から冬は相当劣悪な環境だったという。囚人達は、過酷な環境の下、道路整備などの肉体労働を課せられ、多くの囚人が命を落とした。また、脱獄王と呼ばれる人物が出てくるなど、刑務所の代名詞となっていったのがこの網走刑務所だ。普通に考えれば、地下帝国なんてものは存在しないと切り捨てるだろう。
しかし、目の前で起きた出来事と無実であるはずの自分がここに連れられてきていることから、何か違和感を感じた。とはいえ、まず解決すべきことはおれの事件だ。
おれの無実を証明するために、打ち破らないとならない関門が三つある。一つ目が、防犯カメラに二度おれが映っていること。二つ目が、凶器に残されていたおれの指紋。三つ目が、犯行時間帯にエミコの家に入って行くのを見たという、おれの友達のカオルの目撃証言。
特に問題なのが、防犯カメラの件とカオルの目撃証言だ。この二つを説明しない限り、おれの無実が証明されないだろう。おれはあの日、たしかに一回しかエミコのマンションには行ってない。それが、二回行ったことになっている。防犯カメラも調べなくてはならないが、カオルがなぜそんな証言をしたのか直接話を聞かないことにはどうしようもない。もしかしたら、カオルが犯人なのか?おれは必ず犯人を見つけ出し、復讐することを再度胸に誓った。その為にもここを出なくては…。