5th Game
4月10日 新潟 米問屋事務所
8:00
今日も朝から『ウッド・ベル』のニュースばかりだ。寒い冬がやっと去ろうかという中、身も心も温まるような話題はないものか。会社は売上、売上。テレビをつければ『ウッド・ベル』、『ウッド・ベル』。
『ウッド・ベル』が登場し、渋谷だけならまだしも、四国が閉鎖されてしまった関係で会社の売上はうなぎ登りだ。上司の機嫌もいい。ただ、休みもなく働かされる現場の身にもなってもらいたい。所詮、会社の売上が上がっても現場の給料には反映されないのだから。今日も一時間仮眠をとっただけ。日本がこんな状況でも仕事だけは待ってはくれない。
「今日も部長に怒られに行くか。」
気合いを入れて米を保管している倉庫へと向かった。
「今日もこれ全部運ぶのか…、これだけの量をこの時間で運べってか。」
「ケイスケはまだいいほうだろ。おれはこれだよ。」
同僚のスズキが山積みの米にもたれかかって言った。
「みんなびびって食料のまとめ買い。せっかくまとめ買いしても『ウッド・ベル』が現れて毒ガスまかれたら意味ないのにねぇ。」
スズキはそう言うが、おれも実は四国の件があった次の日にスーパーでカップ麺やら缶詰やらをまとめ買いしていた。
ブー、ブー
「ん、また緊急速報か」
四国でのことがあってから、何かあると携帯に緊急速報が流れるようになった。
「そういえば今朝のニュースでやってたけど、あの日に四国から出た人昨日まででみんな死んだらしいね。ん?大窪寺が全焼…同時刻に大窪寺に辿り着けなかったと思われる人達が次々と死亡…だってよ。」
「あれから5日経つのにまだ政府は四国に入れないんだろ?なんかよくわからないバリアのせいで」
「翌日に助けに向かった自衛隊が上陸できずに全滅だもんな。おとといは政府の包囲網を抜けて四国に入ろうとしたやつが遺体になって本州に流れ着いたって話だしね」
今四国は完全に封鎖されている。入ろうにも入れないからだ。四国内での現在の状況は、今『四国編に参加している』メンバーからの携帯での情報のみしかない。
「まあ、それよりおれらはこの米を運ばないとね。」
☆
4月15日 新潟 ケイスケトラック
8:18
『121,988,226/130,000,000』
あれから10日が経った。相変わらずカウンターは下がり続けているが、仕事は忙しい。今日は一睡もしていない。朝から米をトラックに運び込み、またいつものルートを走っている。もう少しで最初の配達先に着く頃だ。ため息まじりに携帯を閉じようとすると、砂嵐が現れ、文字が浮かび上がった。
『ノウカノミナサマ、オハヨウゴザイマス。キハ、ジュクシマシタ。ニホンハ、コメニ、ササエラレテ、キマシタ。イマカラ、ソノコメニ、ホロボサレルノハ、アナタタチデス。クワレルマエニ、クラエルカ。…デハ…。』
カタッ、カタカタ、カタ
『 コメソウドウ 』
カタ
『 米 騒 動 』
『米』という文字を見たおれは悪寒が走った。普段見慣れた、日常扱っている『米』という文字を『ウッド・ベル』が使ったことで、身近なところで何かが起こるのでは、という思いがした。
「機は熟したって…。」
と、考える間もなく、配達先に着いた。
「まずは目先の仕事終わらせねぇとな。」
この配達先は四国の件があるまでは日中に運んでいたが、あれ以降納品量が異様に増えたため、オープン前の朝に納品させてもらっていた。
「すいませ~ん。」
搬入口の電気が付き、中で物音がするが鍵を開けてもらえない。とりあえず荷物を先に降ろしておこうとおれはトラックに戻った。
ガサガサ、ガサ、ガサガサガサ、ガサ、ガサガサ
「ん?荷台の中から?なんだ?」
荷台の扉に手をかける。
ブー、ブー
緊急速報…?ハッとしたが、おれの扉を開ける手はもう止められなかった。黒い塊が開いた扉から一斉に噴き出してきた。顔面、腹、脚と体全身に襲い掛かる。半開きになっていた口にその物体が飛び込んできた。
「ゲ、ゲホッ。」
吐き出そうとするが、黒い塊の圧力があまりに激しく、身体にまとわり付いていたため、逆に飲み込んでしまった。
トラック内の黒い塊は一時はおれの身体を飲み込んだが、気が付くとおれを中心に四方八方に飛び散って行った。喉に奇妙な感覚を覚えながら、おれはその場にへたりこんだ。
「…なんだったんだ…あれ…。」
ブー、ブー
携帯の緊急速報がなり続けているのにやっと気付き、携帯の画面を慌てて開いた。
『8:22 ウッド・ベルによる犯行予告と同時に米から大量の謎の虫が発生。この虫が人を襲い、各地で死亡者が出ている。』
『8:30 現在手元にある米は容器に入れ密封すること。スーパー他、米を扱っているお店は店を閉め鍵をかけ避難すること。』
ブー、ブー
続けざまに緊急速報が入る。
『8:33 この虫は新潟県産の米のみから発生。5kg一袋分で人一人を襲い、食べ尽くした後、その場で死骸となる』
トラックの荷台を見ると、限界まで積んでいた米の姿はなく、新潟県産こしひかり100%とかかれたビニールの袋だけが残っていた。ふと納品先の店内が気になった。軒先の電気は朝にも関わらずついているが店内は薄暗い。
「おぇっ。」
近付いて見ると、店内は例の虫が飛び回り、薄暗い雰囲気をかもし出していた。店の自動ドアにへばりついているものを見ると、なんとも不気味な容姿が判明した。ゴキブリとコオロギを足して2で割ったようなみたこともない生き物だ。大きさは5cmほど。あの小さな米粒からどう生まれたのか?
「うげっ、おれこんなもん飲み込んだのか…。」
店内の奥の方を見ると理科室にあるような骸骨が寝転んでおり、周りには虫の死骸が転がっている。
「おれもあのままだったら、こうなってたのか…そういえば、スズキは…。」
スズキに電話をすると無事だった。スズキのトラックの荷台にはまだ大量の虫が詰まったままであり、そんな状態なので、途中でトラックを動かせなくなっているとのことだった。そんなに遠い所ではなかったのでおれは空のトラックでスズキを迎えに行った。
☆
9:54
「ケイスケ、よくトラック一杯分の虫に襲われてだいじょぶだったな。」
「まあね、何が起きたかわかんなかったけど、なんか助かったよ。」
「まさか自分がこんなことに遭遇するとは思ってもみなかったな。新潟県産だけなんだよな、虫が発生したの。」
「そうみたいだね。被害はやっぱり新潟中心だけど、全国各地で被害出てるみたいだね。」
いまだに緊急速報がなりっぱなしの携帯を見ると、
『110,592,903/130,000,000』
かなり減っていた。それだけ新潟のお米が日本人に支持されていたということになるが、逆にそれが悲劇を大きくしてしまったとも言える。おれとスズキはこの状況で何をどうすればいいかもわからず、とりあえず事務所に戻ることにした。
街中には無数の黒い塊が徘徊していた。地面には所々黒い塊が落ちている。その隙間からは白い骨のようなものが覗いていた。スーパーやドラッグストアなどお米を扱っている所はほぼシャッターが降りている。降りていない店もあるようだが、よく見てみると、おそらく従業員が全滅しているであろうことがわかった。
民家も同じく人の気配がなく、生活の跡だけがそのまま残されている所が多い。中にはおれらと同じように助かった者もいたが、力無くその場にうずくまっていた。おれは普段は15分で駆け抜ける道を40分かけて事務所へ戻った。
☆
10:50
事務所に着くとワタナベ所長と事務のクサカベさんが外にいた。
「おっ。おまえらよく無事だったな。詳細はさっき電話で話した通りだ。急にだったからな…。」
事務所と米保管の倉庫はくっついていた。そんなに大きくない事務所だったが10名が事務所内で犠牲になった。ドライバーはおれとスズキ以外はまだ連絡が取れていないらしい。
「この音聞こえるだろ。忌ま忌ましい音だよ。」
倉庫からはガサガサを通り越して、ゴォーという音が聞こえる。振動で倉庫が破壊されそうな程の轟音だった。
「所長、ケイスケのやつ一旦あの虫に襲われたのに生きてたんすよ。トラックに積んでたやつ全部に襲われたのに無事だったんすよ。ホントに奇跡っすよ、奇跡。」
「あいつもか。いや、事務のクサカベさんも一回は取り囲まれたのに喰われずに済んだんだよ。隣のササキくんはあっという間に喰われてしまったんだがね。」
「へぇ、意外に助かってる人もいるんですね。所長はどうやって助かったんすか?」
スズキがワタナベ所長の機嫌を取りながら話している脇でクサカベさんがおれに耳打ちしてきた。
「所長…みんなを盾にしたんです。あの虫が迫ってきた時に、ササキさんもあたしも逃げようとしたんですけど、あたし達、所長に掴まれて、虫が来るほうに蹴飛ばされたんです。あたしは運よく無事だったんですけど、ササキさんは横であの虫に…。」
所長らしいと言えば所長らしい。普段から威張り散らし、機嫌が悪くなるとすぐに部下にあたる最悪な上司だった。おれはあまりご機嫌取りがうまくないせいでいつも、イライラをぶつける矛先にされていた。
その点、スズキはうまくやっている。多少は怒られることもあるが、所長からはかなり気に入られている。スズキは一緒に酒を飲む度に社会でうまくやっていく重要性を毎回毎回耳にタコができるほど説いてくる。
「所長が死ねばよかったのに…。」
クサカベさんが最後に発した言葉に少し恐怖を感じた。
☆
4月16日 ケイスケ宅
8:00
久々に12時間寝た。ここ二週間、働きっぱなしだったため、体は相当疲れていた。本来はもう米の配送という仕事はないため、もっと寝れるはずだったが、所長から事務所周りの片付けに来いとの指令が入ったため、事務所へ行くこととなった。
布団をたたみながら、職がなくなるであろうことと台所の隅においてある米びつのことを考えるとため息しか出てこなかった。
「これから、日本はどうなるんだろ…自分はどうなるんだろ…、…、……自分とクサカベさんはなんで助かったんだろ…。」
事務所に着くと昨日のメンバーに加え、おれらと同じドライバーのヨシノがいた。ヨシノはドライバーの中では一匹狼的な存在で誰ともつるまない。所長といいヨシノといい、人間的にどうかと思うやつばかり助かっていてなんだかあまり気分はよくない。
「さあ、掃除始めろ~。」
いつものようにこいつは命令するだけで一切自分ではやろうとしない。
「もうちょっとスピード上がるだろ。なんとか今日中には綺麗にしてくれよ。」
結局、倉庫周りと事務所周りの虫と白骨を片付けるのに丸二日かかった。この間に、この虫に対する対処法が見つかった。それは『水』だった。
人間の約60%は水分であり、この虫はその水分が体の中に、ある一定量たまると動けなくなり死ぬとのことだ。そしてこの虫は『人喰い虫』と名付けられていた。
「おい、みんな集まれ。」
三日目の解散時、所長がとんでもないことを口にした。
「事務所には大事な書類がある。取引先にも早く連絡しなきゃならん。人喰い虫が水で退治できることもわかったことだし、事務所に入って必要な物を取ってくるとしようか。」
おれは最初反対したが、書類さえ手に入れば給料を払えるとの言葉に流され、事務所への突入を決心した。






