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世界No.1の外科医、異世界転生!?  作者: 阿門 甲斐吽


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【第6話】命を救うための実験


 紀伊国(きいのくに)に、強(つよ)い日差(ひざ)しが降(ふ)り注(そそ)いでいた。


 蝉(せみ)の声(こえ)が山々(やまやま)に響(ひび)く。


 華岡青洲(はなおかせいしゅう)は、朝(あさ)から診療所(しんりょうじょ)にいた。


「次(つぎ)の患者(かんじゃ)をお願(ねが)いします」


 父(ちち)・直道(なおみち)のもとには多(おお)くの患者(かんじゃ)が訪(おとず)れていた。


 青洲(せいしゅう)は一人(ひとり)ずつ診察(しんさつ)していく。


 傷(きず)。


 腹痛(ふくつう)。


 発熱(はつねつ)。


 腫(は)れ。


 関節(かんせつ)の痛(いた)み。


 様々(さまざま)な患者(かんじゃ)を診(み)ながら、青洲(せいしゅう)は記録(きろく)を残(のこ)した。


 2025年(ねん)の医学(いがく)では、診療記録(しんりょうきろく)は当(あ)たり前(まえ)のものだった。


 だが。


 この時代(じだい)では違(ちが)う。


 患者(かんじゃ)の症状(しょうじょう)は、医師(いし)の頭(あたま)の中(なか)に残(のこ)されることが多(おお)い。


 青洲(せいしゅう)はそこを変(か)えようとしていた。


「いつから痛(いた)み始(はじ)めましたか?」


「三日(みっか)前(まえ)です」


「その前(まえ)に何(なに)か食(た)べましたか?」


「魚(さかな)を食(た)べました」


「痛(いた)みはずっと続(つづ)いていますか?」


「夜(よる)になると強(つよ)くなります」


 青洲(せいしゅう)は細(こま)かく聞(き)き取(と)る。


 そして。


【完全記録(かんぜんきろく)】


【症状情報《しょうじょうじょうほう》を保存(ほぞん)】


【過去症例(かこしょうれい)との比較(ひかく)】


 頭(あたま)の中(なか)で過去(かこ)の患者(かんじゃ)と照合(しょうごう)する。


 似(に)た症状(しょうじょう)。


 違(ちが)う症状(しょうじょう)。


 治療結果(ちりょうけっか)。


 薬(くすり)の反応(はんのう)。


 青洲(せいしゅう)は、経験(けいけん)を一(ひと)つずつ医学(いがく)の知識(ちしき)へ変(か)えていった。


「先生(せんせい)」


 患者(かんじゃ)が不安(ふあん)そうに尋(たず)ねる。


「私(わたし)は治(なお)りますか?」


 青洲(せいしゅう)は患者(かんじゃ)の目(め)を見(み)る。


「治(なお)すために、できることをします」


 それ以上(いじょう)は言(い)わない。


 医師(いし)が軽々(かるがる)しく「必(かなら)ず治(なお)る」と言(い)うべきではない。


 2025年(ねん)の医師(いし)として、それは分(わ)かっていた。


 診療(しんりょう)が終(お)わる。


 青洲(せいしゅう)は研究室(けんきゅうしつ)へ向(む)かった。


 机(つくえ)の上(うえ)には薬草(やくそう)が並(なら)んでいる。


 曼陀羅華(まんだらげ)。


 草烏頭(とりかぶと)。


 白芷(びゃくし)。


 当帰(とうき)。


 川芎(せんきゅう)。


 そして、もう一種類(いっしゅるい)。


 青洲(せいしゅう)はそれぞれの状態(じょうたい)を確認(かくにん)した。


「同(おな)じ植物(しょくぶつ)でも、状態(じょうたい)が違(ちが)えば作用(さよう)も変(か)わる」


【生命解析(せいめいかいせき)】


【水分量(すいぶんりょう):変動(へんどう)】


【有効成分(ゆうこうせいぶん):変動(へんどう)】


【毒性(どくせい):変動(へんどう)】


「やはりか」


 採取(さいしゅ)した時期(じき)。


 乾燥(かんそう)の程度(ていど)。


 保存方法(ほぞんほうほう)。


 使用(しよう)する部位(ぶい)。


 それだけでも薬(くすり)の性質(せいしつ)は変化(へんか)する。


 現代医学(げんだいいがく)では当(あ)たり前(まえ)のことだ。


 だが。


 1785年(ねん)の日本(にっぽん)で、それを体系的(たいけいてき)に研究(けんきゅう)している者(もの)はほとんどいない。


 青洲(せいしゅう)は一枚(いちまい)の紙(かみ)に大(おお)きく書(か)いた。


「条件(じょうけん)を揃(そろ)える」


 同(おな)じ薬草(やくそう)を使(つか)う。


 同(おな)じ量(りょう)にする。


 同(おな)じ方法(ほうほう)で処理(しょり)する。


 同(おな)じ時間(じかん)煎(せん)じる。


 結果(けっか)を比較(ひかく)する。


 これを繰(く)り返(かえ)す。


 薬(くすり)を作(つく)ることより。


 薬(くすり)を再現(さいげん)できることの方(ほう)が重要(じゅうよう)だ。


「一度(いちど)だけ効(き)いた薬(くすり)では、医療(いりょう)にならない」


 青洲(せいしゅう)はそう呟(つぶや)いた。


 その日(ひ)の午後(ごご)。


 青洲(せいしゅう)は研究用(けんきゅうよう)に用意(ようい)した小動物(しょうどうぶつ)を観察(かんさつ)していた。


 麻酔薬候補(ますいやくこうほ)の作用(さよう)を見(み)るためだった。


 もちろん。


 最初(さいしょ)から強(つよ)い薬(くすり)を使(つか)うつもりはない。


 少量(しょうりょう)から。


 状態(じょうたい)を観察(かんさつ)する。


 呼吸(こきゅう)。


 心拍(しんぱく)。


 動(うご)き。


 反応(はんのう)。


 そして回復(かいふく)。


 青洲(せいしゅう)は慎重(しんちょう)に記録(きろく)した。


【実験記録(じっけんきろく)】


【対象(たいしょう):小動物(しょうどうぶつ)】


【投与(とうよ):試験濃度(しけんのうど)】


【反応(はんのう):軽度(けいど)の鎮静(ちんせい)】


【呼吸(こきゅう):安定(あんてい)】


【回復(かいふく):確認(かくにん)】


 青洲(せいしゅう)は安堵(あんど)した。


「まずはここまでだ」


 次(つぎ)の条件(じょうけん)へ進(すす)む。


 しかし。


 少(すこ)し量(りょう)を変(か)えたところで、動物(どうぶつ)の動(うご)きが急激(きゅうげき)に弱(よわ)くなった。


「……!」


 青洲(せいしゅう)はすぐに実験(じっけん)を止(と)めた。


【生命解析(せいめいかいせき)】


【生命状態(せいめいじょうたい):危険(きけん)】


【呼吸(こきゅう):低下(ていか)】


【循環(じゅんかん):低下傾向(ていかけいこう)】


「中止(ちゅうし)!」


 青洲(せいしゅう)は処置(しょち)を行(おこな)った。


 しばらくして。


 動物(どうぶつ)はゆっくり動(うご)き始(はじ)めた。


 青洲(せいしゅう)は大(おお)きく息(いき)を吐(は)いた。


「危(あぶ)なかった」


 紙(かみ)へ結果(けっか)を書(か)き込(こ)む。


【実験失敗(じっけんしっぱい)】


【投与量(とうよりょう)が過大(かだい)】


【危険域(きけんいき)を確認(かくにん)】


 そして。


 その下(した)に大(おお)きく書(か)いた。


「この量(りょう)は使(つか)わない」


 青洲(せいしゅう)は筆(ふで)を置(お)いた。


 現代医学(げんだいいがく)を知(し)っているからこそ分(わ)かる。


 麻酔(ますい)は非常(ひじょう)に繊細(せんさい)な技術(ぎじゅつ)だ。


 患者(かんじゃ)を眠(ねむ)らせることと。


 患者(かんじゃ)を危険(きけん)な状態(じょうたい)へ追(お)い込(こ)むこと。


 その境界(きょうかい)は近(ちか)い。


 だからこそ。


 麻酔薬(ますいやく)そのものだけでなく、患者(かんじゃ)の状態(じょうたい)を監視(かんし)する必要(ひつよう)がある。


「呼吸(こきゅう)が落(お)ちたらどうする?」


「意識(いしき)が戻(もど)らなかったら?」


「血圧(けつあつ)が測(はか)れない時代(じだい)なら、何(なに)を指標(しひょう)にする?」


 青洲(せいしゅう)は一(ひと)つずつ考(かんが)えた。


 脈(みゃく)。


 呼吸(こきゅう)。


 瞳孔(どうこう)。


 皮膚(ひふ)の色(いろ)。


 刺激(しげき)への反応(はんのう)。


 意識(いしき)。


 現代(げんだい)の医療機器(いりょうきき)がなくても、観察(かんさつ)できるものはある。


「医師(いし)の目(め)で見(み)る」


 青洲(せいしゅう)は呟(つぶや)いた。


「それを技術(ぎじゅつ)にする」


 夕方(ゆうがた)。


 診療所(しんりょうじょ)へ父(ちち)・直道(なおみち)が入(はい)ってきた。


「青洲(せいしゅう)」


「父上(ちちうえ)」


「今日(きょう)も研究(けんきゅう)か」


「はい」


 直道(なおみち)は机(つくえ)の上(うえ)の記録(きろく)を見(み)た。


「随分(ずいぶん)と細(こま)かく書(か)いているな」


「同(おな)じ結果(けっか)を再現(さいげん)するためです」


「再現(さいげん)?」


「同(おな)じ薬(くすり)を作(つく)れば、同(おな)じ効果(こうか)が得(え)られるようにするのです」


 直道(なおみち)は少(すこ)し考(かんが)えた。


「それは大切(たいせつ)なことだな」


「はい」


 青洲(せいしゅう)は父(ちち)を見(み)る。


「医師(いし)によって結果(けっか)が違(ちが)えば、患者(かんじゃ)は困(こま)ります」


「なるほど」


 直道(なおみち)は頷(うなず)いた。


 だが。


 その顔(かお)には少(すこ)し疲(つか)れが見(み)えた。


「父上(ちちうえ)、体調(たいちょう)が悪(わる)いのですか?」


「いや」


 直道(なおみち)は笑(わら)った。


「少(すこ)し疲(つか)れているだけだ」


 青洲(せいしゅう)は父(ちち)の顔(かお)をじっと見(み)る。


【生命解析(せいめいかいせき)】


【対象(たいしょう):華岡直道(はなおかなおみち)】


【生命状態(せいめいじょうたい):軽度低下(けいどていか)】


【疲労(ひろう):高(こう)】


【慢性的負荷(まんせいてきふか):確認(かくにん)】


 青洲(せいしゅう)は眉(まゆ)を寄(よ)せた。


「父上(ちちうえ)」


「何(なん)だ?」


「今日(きょう)はもう休(やす)んでください」


「医者(いしゃ)に医者(いしゃ)の心配(しんぱい)をされるとはな」


 直道(なおみち)は笑(わら)った。


「お前(まえ)も随分(ずいぶん)と医者(いしゃ)らしくなった」


 その言葉(ことば)に、青洲(せいしゅう)は黙(だま)った。


 自分(じぶん)は本当(ほんとう)に医者(いしゃ)なのだろうか。


 2025年(ねん)では、世界(せかい)No.1(ナンバーワン)と呼(よ)ばれた外科医(げかい)だった。


 しかし。


 今(いま)は1785年(ねん)。


 華岡青洲(はなおかせいしゅう)という青年(せいねん)として生(い)きている。


 父(ちち)・直道(なおみち)にとっては、ただの息子(むすこ)だ。


 青洲(せいしゅう)は静(しず)かに答(こた)えた。


「まだまだです」


「そうか」


 直道(なおみち)は微笑(ほほえ)んだ。


「ならば、学(まな)び続(つづ)けろ」


 その夜(よる)。


 青洲(せいしゅう)は眠(ねむ)れなかった。


 父(ちち)の生命解析結果《せいめいかいせきけっか》が頭(あたま)から離(はな)れない。


 疲労(ひろう)。


 身体(からだ)への負担(ふたん)。


 そして。


 自分(じぶん)が知(し)っている史実(しじつ)。


 父(ちち)・華岡直道(はなおかなおみち)は。


 天明五年(てんめいごねん)六月二日(ろくがつふつか)。


 亡(な)くなる。


 青洲(せいしゅう)はその事実(じじつ)を知(し)っている。


「……避(さ)けられるのか?」


 歴史(れきし)を変(か)えていいのか。


 父(ちち)の死(し)を変(か)えれば。


 その後(ご)の歴史(れきし)も変(か)わる。


 だが。


 目(め)の前(まえ)の人間(にんげん)が死(し)ぬと知(し)っていて。


 何(なに)もしない。


 そんなことが。


 医師(いし)にできるのか。


「俺(おれ)には……できない」


 青洲(せいしゅう)は拳(こぶし)を握(にぎ)った。


 歴史(れきし)よりも。


 命(いのち)を選(えら)ぶ。


 それが医師(いし)としての自分(じぶん)の答(こた)えだった。


 翌朝(よくあさ)。


 青洲(せいしゅう)は父(ちち)の診察(しんさつ)を始(はじ)めた。


「父上(ちちうえ)、身体(からだ)を診(み)せてください」


「昨日(きのう)も診(み)ただろう」


「今日(きょう)は今日(きょう)です」


 青洲(せいしゅう)は慎重(しんちょう)に診察(しんさつ)した。


 脈(みゃく)。


 呼吸(こきゅう)。


 体温(たいおん)。


 食欲(しょくよく)。


 睡眠(すいみん)。


 痛(いた)み。


 身体(からだ)の状態(じょうたい)。


【生命解析(せいめいかいせき)】


【生命状態(せいめいじょうたい):注意(ちゅうい)】


【経過観察(けいかかんさつ)を推奨(すいしょう)】


 致命的(ちめいてき)な異常(いじょう)が明確(めいかく)に表示(ひょうじ)されるわけではない。


 それでも。


 青洲(せいしゅう)には分(わ)かる。


 父(ちち)の身体(からだ)には、長年(ながねん)の負担(ふたん)が蓄積(ちくせき)している。


「休(やす)んでください」


「青洲(せいしゅう)」


「医師(いし)としてお願(ねが)いします」


 父(ちち)は少(すこ)し驚(おどろ)いた顔(かお)をした。


 そして。


「分(わ)かった」


 そう答(こた)えた。


 しかし。


 歴史(れきし)は簡単(かんたん)には変(か)わらない。


 青洲(せいしゅう)がどれほど願(ねが)っても。


 時(とき)は静(しず)かに進(すす)んでいく。


 六月(ろくがつ)が近(ちか)づいていた。


 そして。


 青洲(せいしゅう)の人生(じんせい)を大(おお)きく変(か)える日(ひ)も。


 少(すこ)しずつ近(ちか)づいていた。


 父(ちち)の死(し)。


 医業(いぎょう)の継承(けいしょう)。


 そして。


 麻酔薬研究(ますいやくけんきゅう)の本格化(ほんかくか)。


 すべてが一本(いっぽん)の線(せん)で繋(つな)がろうとしていた。


 青洲(せいしゅう)は夜(よる)の研究室(けんきゅうしつ)で、完成度(かんせいど)を確認(かくにん)する。


【麻酔薬研究(ますいやくけんきゅう)】


【進行度(しんこうど):34%】


【薬理作用(やくりさよう):72%】


【安全性評価(あんぜんせいひょうか):48%】


【臨床使用(りんしょうしよう):未達成(みたっせい)】


 青洲(せいしゅう)は画面(がめん)を見(み)つめた。


「まだ遠(とお)いな」


 だが。


 その目(め)に迷(まよ)いはなかった。


「それでも進(すす)む」


 人(ひと)を救(すく)う。


 そのために。


 今日(きょう)も一歩(いっぽ)。


 そして明日(あした)も一歩(いっぽ)。


 青洲(せいしゅう)は筆(ふで)を取(と)り、研究記録(けんきゅうきろく)の続(つづ)きを書(か)き始(はじ)めた。




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