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第7話  代償の共有

「……はぁ……っ……」


 能力制御の訓練を終えると、どっと疲労感が押し寄せてきた。

 さっき掴みかけた『境界』を知覚する感覚はまだ不安定で、集中力を使い果たしたらしい。

 それ以上に厄介なのが、能力を使った後の反動だ。


 ガタガタと、身体の震えが止まらない。

 体中の熱が急速に奪われていくような、悪寒。

 これが俺の能力の代償……体温の急激な低下だ。

 いつも着ているこのダークブルーのコートも、元は体温調節のために手放せないでいたものだ。


(……大丈夫ですか?)


 見ていられない、といった様子で、王女が声をかけてきた。

 言葉の意味は分からないが、心配するような響きが彼女の声と、そして思考から伝わってくる。

 彼女は近くに控えていた侍女に何か指示を出すと、侍女はすぐに温かい飲み物が入ったカップを持ってきて、俺に差し出した。


 俺は礼を言う代わりに小さく頷き、震える手でカップを受け取った。

 温かい液体が喉を通ると、少しだけ震えが和らぐ気がした。


「……境界を操作するには、代償がいるらしいな」

 

 俺はカップを両手で包み込みながら、日本語でぽつりと呟いた。

 

「俺の場合は……体温だ。力を使えば使うほど、身体が冷えていく。加減を間違えれば、凍え死ぬかもな」


 自嘲気味に言ったつもりだった。

 だが、俺の声に含まれた「痛み」や「対価」といった感情は、言葉の壁を越えて彼女に伝わったらしい。


 王女は、俺の言葉(に含まれた感情)を聞くと、驚いたように少し目を見開き、そして……何かを決意したように、静かに口を開いた。

 今度は、彼女自身のことを語り始めたようだった。


(……私の『星の魔法』にも……代償があるのです……)


 彼女の思考が、途切れ途切れに流れ込んでくる。


(……力を使うたびに……ほんの少しずつだけれど……この瞳は……光を失っていく……)

(……いつか、私は……この世界の美しい星空すら……見えなくなってしまうのかもしれない……)


 その告白は、静かだが、深い悲しみを帯びていた。

 普段の気丈な彼女からは想像もできないような、弱々しい響き。

 彼女は自分の紫の瞳に、そっと指で触れていた。

 その仕草が、彼女の言葉(思考)の重みを物語っている。


 俺は驚いて彼女を見た。

 王女である彼女もまた、俺と同じように、その力と引き換えに何かを失う痛み……『代償』を抱えて生きていたのか。


 俺たちの間に、沈黙が流れる。

 言葉は通じない。

 だが、互いの秘密と痛みを分かち合ったことで、さっきまでとは違う、確かな繋がりが生まれたような気がした。


 俺たちは、違う世界で、違う人生を歩んできた。

 けれど、抱えている痛みは、驚くほど似ているのかもしれない。


 俺はカップの温かさを感じながら、目の前の王女の横顔を、ただ静かに見つめていた。


 ◇


 互いの力の『代償』という、重い秘密を共有したことで、俺たちの間に流れる空気はわずかに変化していた。

 警戒心や敵意が完全に消えたわけではない。

 だが、以前のような張り詰めたものではなく、どこか奇妙な連帯感のようなものが漂い始めていた。


 王女は、ふと窓の外に視線を向けた。

 この世界の空は、俺のいた世界とは違う法則で動いているのか、昼間でも淡い星々がいくつか瞬いているのが見える。


 彼女は、その星空を指さすわけではなかったが、まるで遥か彼方の星々と対話するかのように、再び口を開いた。

 今度は、さっきまでの弱々しさではなく、自身の力の根源を探求するような、真剣で知的な響きを帯びた声だった。


 言葉の意味は、やはり分からない。

 だが、テレパシーで流れ込んでくる彼女の思考と、時折見せるジェスチャー――例えば、空を指し、次に自分の胸を指すような仕草――から、彼女が何を語ろうとしているのか、その核心がおぼろげながら見えてきた。


(……私の『星の魔法』は、ただ現象を起こすだけのものではないのです……)

(……遠い星々の運行、それは人の運命の流れそのもの……そして、人の魂もまた、小さな星……)

(……この魔法は、その星々……運命と魂とを結ぶ、見えない『境界』に触れ、繋げる力……)


 星……運命……魂……そして、境界……?


 俺は息を呑んだ。

 彼女の魔法が、そんな神秘的な概念にまで関わるものだったとは。


 そして、気づく。彼女が語る『境界』という言葉。

 それは、俺自身の力の呼び名『境界操作』と、奇妙なほどに重なって聞こえた。


(……あなたの力も、もしかしたら……表面的な現象は違えど、根源は同じなのかもしれません……)

(……世界を隔て、存在を定義する、あらゆる『境界』……それに干渉する力……)


 彼女の思考が、俺の脳裏に稲妻のように突き刺さる。


 そうだ……言われてみれば……。


 テレキネシスは、物体と空間の境界を。

 テレパシーは、心と心の境界を。

 テレポーテーションは、空間と空間の境界を。


 俺の能力は、全てが『境界』への干渉という点で共通している……?


 今まで考えたこともなかった。

 俺はずっと、これらの力をバラバラのものとして捉え、ただ制御することばかり考えていた。

 だが、もし、これらの根源が一つで、それが『境界』への干渉なのだとしたら……?


 俺は自分の右手を見た。

 この力は、いったい何なんだ?

 そして、この『境界』が歪み、エネルギーが満ちる異世界で、俺の力はこれからどうなっていくんだ……?


 目の前の王女も、俺と同じように、自身の力の謎を探求しているのかもしれない。

 俺たちは、互いの言葉は理解できなくても、この『境界』というキーワードを通じて、何か根源的な部分で繋がり始めているのかもしれない。


 俺は、自分の能力に対する見方が、少しだけ変わっていくのを感じていた。

 それは、恐怖や諦めだけではない、未知への探求心と、わずかな興奮を伴う感覚だった。

 

 ◇


 国王と帝国の密約、そして三日後という刻限。

 俺たちに残された道は、王都からの脱出のみだった。

 その夜、俺たちは隠れ家のテーブルを囲み、最終的な計画の確認を行っていた。


 テーブルの上には、古びた羊皮紙の地図が広げられている。

 侍女がどこからか調達してきたものだろう。

 彼女は地図上のいくつかの地点を指さしながら、王女に何かを説明している。

 言葉は分からないが、王都を抜け出すためのルート、追手を警戒すべきポイント、そして最終的な目的地について話しているのだろうということは、彼女の思考の断片と真剣な表情から読み取れた。


(……この秘密通路を使い城壁外へ……その後は森を抜け、東を目指します……)

(……国境付近は警備が厳重ですが、この道ならば……)

(……目指すは、中立都市国家群シルフィード連邦。あそこならば、帝国も王国も容易には手出しできません……)


 地図の横には、最低限の旅の装備が並べられていた。

 革の水筒、干し肉のような保存食、そして俺たちの姿を隠すための質素なフード付きマント。

 侍女の手際の良さには感心するしかない。


 王女は、侍女の説明を黙って聞いていたが、やがて静かに頷いた。

 その横顔には、もはや迷いの色はなかった。

 王女という地位も、生まれ育った国も、全てを捨てる覚悟が、その紫の瞳に宿っていた。

 彼女は、自分の意志で未来を選び取ろうとしていた。


 侍女もまた、静かな決意を瞳に湛えていた。

 彼女にとって、王女を守ることこそが全てなのだろう。

 たとえそれが、国を裏切る行為になったとしても。


 そして、俺は……。


 俺は、広げられた地図と、二人の女の覚悟を宿した顔を交互に見た。

 実験体として生きてきた過去。

 逃亡者として生きてきた現在。

 俺はずっと、誰かに利用されるか、誰かから逃げるだけの人生だった。


 だが、今は違う。


 自分の意志で、未来を選ぶ。

 この二人と共に、この異世界で生きる道を選ぶ。


 利用されるためじゃない。逃げるためでもない。

 ただ、自分の足で立ち、自分の意志で進むために。


「……行こう」


 俺は、日本語で、短く呟いた。

 二人には通じない言葉。

 だが、俺自身の覚悟を込めた声は、きっと彼女たちの心にも届いたはずだ。


 王女と侍女が、俺の顔を見る。

 言葉はなくても、俺たちの間には、運命共同体としての確かな意志が通い合っていた。


 三日後の夜明けまで、あとわずか。

 俺たちの、未来を賭けた選択の時が迫っていた。

 

 

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