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習作  作者: 深草みどり
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桜の花びら

 一組の男女が開発中の埋め立て地を歩いていた。二人とも作業着姿でヘルメットを被っている。男はリュックサックを背負い、女は手ぶらだった。この場所にはこれからは四十階建てのマンションが数十棟、複合商業施設、公園などが出来き、都会まで車で十分以内という好アクセスにも関わらず、海と緑を堪能できる空間になる予定だった。完成は三年後。今はまだ「島」としか呼ばれておらず、整地が終わったばかりの平らな地面と建築中の建物が数棟あるだけだ。

「殺風景ですね。早く街路樹が植わるといいんですけど」

 女が言った。

「植え始めるのは工事が一段落してからだ。この通りは桜並木ができるはずだ」

 男は近くの工事現場のフェンスに取り付けられた「島」の完成予想図とその地図を見ながら言った。

「ここは桜通になるそうだ。安易な名前だな」

「日本と言えば桜ですからね。海外のお客さん受けも考えているんでしょうかね」

「だろうな。街路樹にするのならポプラや銀杏より桜の方がインパクトがある。そういえば今朝ウチの近所の桜が散り始めていたよ。それは綺麗な桜吹雪だった。道路の上を花びらの波が走って、つむじ風に巻き上げられて白い渦巻きができたりね」

「季節を感じられていいですね。この島には桜どころか緑もほとんどないんですから」

 女がため息交じりに言った。

「家の近くにも公園くらいあるだろ?」

「少し離れた所にはあるんですけど、家と駅の間にはないんです。土日は疲れて寝ちゃうんで今年はまだ桜を見てないんです」

「それは残念だな」

 その時、二人の横を吹き飛ばされるほどの風圧を残しながらダンプカーが猛スピードで通り過ぎて行った。地面が揺れ土埃がまる。男はトラックの後ろ姿に悪態をつく。

「乱暴な運転だ。まったくどこの誰だ」

「急いでたんでしょうかね。あ、」

 女が上を向いた。男もその方向に目を向けると白い花びらが二つ、三つ、空を漂いながら落ちるところだった。

「あれ桜・・・・・・ですね」

「そうみえるが」

 白花びらは回転しながら右に、左に揺れながら落ち、やがて歩道のアスファルトの上に着陸した。わずかにピンクがかったハート型の花びらはやはり桜の物らしかった。

「この辺りに桜の木ってありましたっけ」

「さっきのトラックに着いていたものかもな。ここに来る途中、桜の花がくっついて、ちょうどさっきのタイミングで離れたんだろう」

「遠いと頃から来た桜、ロマンティックですね」

 女は身をかがめると歩道に落ちていた花びらを一枚拾い上げた。

 それから二人は事務所に戻りそれぞれの仕事を再開した。

 その日の夜、男は終電直前の電車で自宅にかえるべく作業着からスーツに着替え、リュックサックを背負い直した。すると数枚の桜の花びらが更衣室の床に落ちた。よく見ればリュックサックの肩掛けの長さを調節するバックルに花びらが数枚挟まっている。出勤時に見えた桜吹雪が偶然の隙間に入り込んだのかもしれない。

 昼間の花びらもトラックからではなく自分のリュックサックから落ちたものかもしれない。桜の花びらには違いないのだが、男は女を騙してしまったように思え、一人恥ずかしさに顔を赤らめた。

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