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【恋愛 異世界】

極上の魂

作者: 小雨川蛙

 

 ある日、大悪魔が召喚された。

 召喚者は貴族の娘だった。

「奇妙だな」

 開口一番、大悪魔は娘へ言った。

「地位に知性、それに美しさも備えている。お前は何故私を召喚したのだ?」

 事実だった。

 貴族の娘にその自覚があるかはともかく、彼女は多くの人々が望む者を生まれながら持っていたのだ。

 大悪魔はそれ故に困惑していた。

 自分のような悪魔を呼ぶ者は必ず何らかの欲求を持っているものだから。

「悪魔は召喚者の願いを叶えるのでしょう?」

 大悪魔の問いに答えずに娘は言った。

「あぁ、その通りだが。しかし、お嬢様。その見返りが魂であることは分かっているのかい?」

「ええ、もちろん。この魂なんてあげる」

 大悪魔はため息交じりの相槌を一つする。

 実のところ、大悪魔はあまり魂を必要としていなかった。

 何せ、永く生きているから。

 魂の味など、もう味わい尽くしていた。

 しかし、これは契約。

 召喚した者の願いを叶えるのは悪魔の役目。

「では。望みを言いたまえ」

「私をお嫁さんにしてここから連れ出して」

 予想外の願いに大悪魔は問い返すと娘はぽつりと言った。

「このままだと嫁がないといけないの。大嫌いな奴のところに」

「正気か?」

「うん。叶えてくれるんでしょう?」

「私は君の嫌いな男を殺すことも出来るし、そうでなくとも君を遥か遠い国へ逃すことも出来る」

「うん。知ってる。だけど、お嫁さんにしてほしいの。それとも出来ないの?」

 大悪魔はその時になり、ふと一つの可能性に思い至った。

 この娘はある企みを持っている、と。

 大悪魔の心を知ってか知らずか娘は静かに微笑む。

「よろしい」

 大悪魔は二つの指輪を取り出した。

「これより我らは夫婦だ」

「ええ。よろしくね」

 大悪魔に抱かれ娘はその場から消えた。



 それから数十年後。

 大悪魔の妻は静かに息を引き取ろうとしていた。

「あなた」

「なんだい?」

 最愛の妻の呼びかけに大悪魔は穏やかに答えた。

「もうすぐ、あなたにこの魂を捧げられる」

 大悪魔はすぐには返事をしなかった。

 あの日。

 自分を召喚した、幼い妻は一つの勝負に出た。

 それは他ならぬ大悪魔である自分との魂をかけた勝負。

「見事なものだ」

 大悪魔はそう言ってすっかり年老いた妻の頬を撫でた。

「相手を殺そうとも、他国へ逃げようとも、悪魔と契約をした以上は必ず魂は捧げなければならない。しかし、君は……」

 妻の呼吸が止まったことに気づいた大悪魔は一瞬息を止めた。

 自分の目の前に魂が浮いている。

 最愛の妻の魂だ。

 これを喰らってしまえば契約は終わる。

 そう知っていながらも、大悪魔は魂を喰らわずに優しく両手で包むとそのまま妻の身体に戻した。

 それと同時に老いていた妻の身体は瞬く間に若返っていき、あの日、出会った頃と同じものに変わった。

 数瞬の間。

 妻は目を開いて笑った。

「あら、おはよう」

 大悪魔は笑った。

「おはよう」


 悪魔と契約した者の末路は魂を奪われること。

 ならばと貴族の娘は考えた。

 魂を奪うことさえ躊躇ってしまうほどに愛されてしまえばいい。


「尊大なことだ」

 穏やかな声で言う大悪魔に妻は体を起こしながら言った。

「何が?」

「この私を魅了することが出来ると考えるなんて」

「その自信があったからね」

 まるで、心地良い眠りから覚めたように伸びを一つして、妻は言った。

「さて、私の勝ちってことでよろしいかしら?」

「惚れたら負け、とはよく言ったものだな」

「その言い方をするなら、引き分けが一番近いかもね」

 妻の言葉に大悪魔は笑みを深めるばかりだった。

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