パニック発作
朝、僕の方が先に目覚めたからコーヒーを淹れて持ってきた。
アリスは僕の服装について指摘した。
僕の身なりは貴族そのものの出で立ちだったのだ。
出自は隠しようがなかった。
普通の服を買おうなんて発想にいたる余裕がなかった。
しかしこれは自殺で死にかけた人間にしか分からないと思うのだが、自殺未遂はあまりのショックに症状が一時的にだが劇的に改善する。
だからスラスラ話をつくれた。
「ふうん。貴族の家系だけど、自活してるんだ」
「親とその、合わなくて。貴族のあれこれとかもいやだったし……」
「私と一緒だね!」
「え?」
「私も元貴族。籍は残ってるけどね。それにしても、シオンの親は常識はずれだなー息子を庶民の生活させてるなんて、周りからなに言われるか分かったもんじゃないよ。貴族ってやれ学業だ礼儀だ誇りだって、親のマウントに付き合わされてイヤになっちゃうよ。だからわたし、飛び出してきちゃった。ギルドに登録して冒険者になるんだ。私たちおんなじだね!」
違うんだよ。
違うんだ。
君は自分の力で飛び出したんだ。僕は流されるように追い出されたんだ。
情けなくって症状がぶり返し始めた。
目を逸らす。
「冒険者か……いいね」
冒険者。
パーティを組んで依頼された仕事をこなし、国をまたいで秘宝をさがし、世界の謎を解き明かす。
パーティが名声を得れば、そのパーティの傘下に入り、良い仕事を回してもらったり、福利厚生の恩恵にあずかれたり、なにより偉大なパーティの旗印を掲げることを求めるパーティたちがやってくる
そうして出来た集団を「サークル」と呼ぶ。
偉大な冒険者パーティは巨大なサークルを持ち、貴族が道を譲り、王族が頭を下げて頼み事をする。
武器と魔法と仲間、自分の力だけで成り上がる、貴族なんかとは違う本当の貴さを持ったかっこいい人たち。
「シオンも冒険者になるんだよ?」
え
「昨日のお礼。私とパーティ組んで!」
「な、なんで」
「ギルドに冒険者として認められるためには、まずパーティを組んで申請しなきゃいけないんだよ。ソロはCランク以上の冒険者には認められてるけど、最初からソロは危険だから」
「でも、あんなに強力な魔法が使えるならいくらでも人が集まるよ」
「強力な魔法を使えちゃうからってのもあるの」
昨日のことを思い出す。そうか。
「制御出来ないんだね」
「そう。私のユニークスキル。過剰魔法。調整が難しくて、試しに組んでくれた子みんな逃げちゃう。でも、一番の理由!これがムカつく!!『お嬢様が遊びでやってる』って断るの!みーんなそう!『こっちは人生かけてんだよ』って私だってあの日のムニータシシのお肉が広場のフリマで売れるかに宿代かかってたんだい!!」
だから冒険者でもないのに森にいたのか。わざわざ広場でフリーマーケット開いて……冒険者っぽく生活したかったんだろうなあ。
「なるほどね。ユニークスキル、嫌だよね。分かるよ」
「えっ!偶然!シオンもそうなんだー!」
「うん。相対加速。自分に流れる時間の流れを加速させる。そうすると周囲の時間の流れが僕にとっては遅くなる。」
「便利そうだけど」
「便利なんだけ——
『シオン、相対加速だ』
『シオン、相対加速で三分で終わらせろ』
『多い?相対加速を使えばいいだろう』
『やり直し。量も減らさん。相対加速を使えばすぐだろう』
脳内にぶちまけられる絶対零度の恐怖が僕を焼く。身体は燃え上がるように熱くなり、冷や汗、吐き気、心臓が爆発しそうだ。
気づかれないようにしたいけど、無表情を保っていないと、今一言でも何か言ったら獣の咆哮をあげてしまうレパス。レパスレパスれパうレパスレパスれぱいうレパスれぱすレパス
どうかしたの
そんな声が聞こえる。僕はアイテムボックスからレパスを検索する。死ぬ前にも薬を手放せない中毒者なのだ。
白い、真ん中に線が入った錠剤をプチプチとシートから取り出し、噛み砕いてコーヒーで流し込む。
だいじょうぶ?
ちょっとまって。ちょっと待って。
「ちょっと待って。頭痛持ちなの」
「違うよね」
胸が冷たく熱い。
「それレパスって精神安定剤だよね」