自殺の保留
苦痛による感動するほどの死の実感。
脳内物質がめちゃくちゃに噴出し、自殺願望なんて吹っ飛ぶ臨死体験に突入する寸前の僕に、今まで見たことがない、父に連れていかれた美術館にあったどのビスクドールよりも人形のような美しい少女が人生で初めてのキスを奪ったのだ。
気絶しないわけがない。
「あれ、足がある」
当たりを見回すと、どうやら宿屋の一室ようだった。
「起きて最初の言葉がそれ?」
「ごめん。ベッド借りちゃって。今起きるね」
「いいからいいから、あなた半吸血鬼になったばかりだからしばらくは二日酔いみたな状態が続くわよ。血を買ってきたから飲みなさい」
「あ、「夜の女王」」
夜の女王は亜人が持つスキル、レイス・スキルの一つで、吸血鬼が契約の意思を持って血を飲ませることで相手を半吸血鬼にすることが出来る。
僕はコップに注がれた血を飲み干した。心の痛みから意識を逸らすため、身体を傷つけていたので血に抵抗がない。
「変な奴」
そう言って少女は笑った。
「なにが?」
「吸血鬼になったっていうのに驚かないし、いつも飲んでるコーヒーみたいに血を飲んじゃうし」
「人殺して奪った血じゃないでしょ。屠殺場の動物の血でしょ。——それにしても、なんで回復魔法使わなかったの?あんなに凄い魔法使えるのに」
「私回復魔法使うと絶対失敗しちゃうの。両足の再生なんてとてもだめ。だからスキルを使ったの」
「吸血鬼の肉体再生か。ありがとうね」
とりあえずそう言った。自殺しようとしてたなんて話してたら長くなるから。
「どういたしまして。それにしても、なんであんなところで倒れてたの?」
……たしかに死にたいなら縄で首くくってればいいんだ。薬を大量に飲んだ後の自分の行動の説明が自分でもできない。
「ちょっと、疲れちゃって、横になるだけのつもりだったんだけど」
「たしかにあんた、酷い顔してるわね」
「急に容姿を貶すなよ」
「そういう意味じゃないわよ!元の顔立ちは整ってるカワイイ顔だけど、目の下のクマとか、表情も死んでる。瞳に光が無い」
「うるさいな」
「頑張ったんだね」
少女の
手が
僕の頭を撫でる
「えらい、えらい。男の子だね。事情は知らないけど、あなたがとっても頑張ったってことは分かるよ。頑張ったね。凄いじゃん」
僕が、言って欲しかったこと全部、矢継早で言われて。
胸の奥の一番柔らかいところが熱くなって溶けそうになる。
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。
布団を顔まで引き上げる。
「いやー君が居なかったら死んでたよ。マジありがとう。この恩は忘れずに返す。ほんとーに疲れたからもうちょっと寝るね」
声が震えていないだろうか。
「君じゃなくてアリス。アリス・ロードクロイツ。君は?」
「僕はシオン。シオン──」
『アインツベルンを名乗る資格は無い』
「シオン・メレパスリー」
そう言って本当に身体が怠いので久しぶりに睡眠薬無しで寝た。
死について、頭の中はいったん保留にすることを決めたようだ。