幸福再取り込み阻害剤と覚醒剤と恋
見えない冠がギルドで注目の的になったのを嫌がったシオンの発案で、見えない冠は隣国に出現した新たなダンジョンに遠征する事になった。
ロゼは躁転の可能性をローカムに指摘する。
「そりゃあ躁転だろう。サイレスで自殺未遂の記憶を引き出したろう?半吸血鬼なのも恐らくそれの後遺症──この言い方は誤解を生むな。その流れでだ。半吸血鬼は人間のそれとはステータスが大幅に違う。あの小僧は元々エアリオ学園の優等生になれるほどレベルが高い身体能力、魔法技術を持ってたからまだ実感が湧いてないだろうが、身体の強化は神経系にも及ぶ。ステータスの上昇と強化された神経系の活動で躁転してるのはひとめでわかったわい」
「遠征で鬱転した場合、どう対処すべきでしょう」
「まだ一型か二型がはっきりせんが、ワシの見立てでは二型、急速交代型だ。戦闘中は闘争・逃走反応の興奮で鬱転はしないだろうが、探索の途中で鬱に転じる可能性が高い。第5階層までおりた後鬱状態だとお前が診断したらあのアリスとかいう馬鹿スペックお嬢ちゃんの迷彩魔法をかけて睡眠魔法か睡眠薬で一日、二日、ダンジョンの中に引きこもれ。お前はスキルで時折回りを把握しろ。第5階層まで来たら脱出するよりお前さんら二人のユニークスキルで守っている方がよほど安全だ」
「一日、二日でいいんでしょうか」
「まだ躁状態が残っているときが一番危険じゃからな。『重要な決断』をしかねない。完全に鬱に落としたあとメテルデートで無理矢理覚醒させて脱出しなさい」
「……私、やはりメテルデートを抗鬱薬として使うことには反対です」
「しかしHRI(幸福再取り込み阻害剤)だって躁鬱病には不適応じゃ。効くのにも数週間かかる。迷宮に入った冒険者をモンスターは鬱が収まるまで待ってくれるか?」
「メテルデートは眠り姫症候群の為の薬です!覚醒剤ですよ!」
「中枢神経刺激薬じゃ。コーヒーと同じな」
「…………」
「ま、診察の時も言ったが処方を変えたら禁断症状で発狂するじゃろ。心配ない。ロゼ、お前は資格こそないが精神科医としてのあらゆる知識と技術をワシはお前に叩き込んだ。お前が居れば大抵は平気だし、万が一のことがあってもアリスお嬢ちゃんが居れば大丈夫じゃ」
「アリスさんが?」
「恋はなにより強い劇薬、ということだよ」