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憂鬱病のシオン

この作品はフィクションです。

薬は用法容量をまもって服薬してください。

人の一日は24時間。僕もそうだ。だけど僕の24時間のうち14時間はアインツベルン家のものだった。

魔術の勉強。帝王学。社会学。魔物学。経済学。数学。古代語に剣術、魔術演習、総合戦闘訓練エトセトラエトセトラ。

14時間が分単位で決められたスケジュール。物心ついた時からそうだった。

ずっと苦しい。

明日も苦しかったら死んでしまう。

脳が軋んで痛い。

頭の中がうるさい。静かな場所で安心して息がしたい。

吐き気がするほどの希死念慮、死んでいない事に脳細胞達が悲鳴を上げて、プチプチと自死していく。

死にてえ!

死にたい!!

死にたくない!死んでしまう!!!


「憂鬱病ですね」


深夜、頭を壁に打ちつけて泣いていると、音を聞きつけた使用人が騒ぎ出し、僕は病院に連れていかれた。


「憂欝病?あの怠け者になる病気か?」


腕を組んだ父親が、白の混じり始めている髭を弄りながらそう言った


「怠け──まあ、はい、その憂鬱病です」

死ねないかなー


「憂欝病は一時的に症状を抑える薬はあっても、環境を変えて休息をとらないと治療になりません。幸い高貴なお生まれですので、一度学業や訓練をお休みになって、別荘でゆっくりなされたらどうでしょうか」

「休む?こいつに休む暇などあるものか。前回の試験では10も順位が下がったんだぞ。薬があるなら早くだせ」

「はあ──アインツベルン様がそうおっしゃられるのでしたら……本当はこのように使う薬ではないのですが強い薬も出しておきます」


医者はそう言って、僕は三つ薬を処方された


「メテルデートは憂鬱病を12時間抑えます。噛み砕かずカプセルのまま飲んでください。もし薬がひび割れてたら飲まないでください」

「はい」

「レパスは昨晩の様に発狂しそうな時飲んでください」

「はい」

「ハルスリーは眠る前に飲んでください。飲んだらすぐに眠くなるのでベッドに早めに入ってください」

「はい」


その晩、ハルスリーを飲んだら今までの不眠が嘘のように頭がふにゃふにゃになって気づいたら朝になった。


メテルデートは飲んでしばらくすると頭の中にずっとあった霧のようなもやもやがパアっと晴れて魔法の勉強もバリバリ出来て、剣術のキレが格段に上がった。


「やれば出来るじゃないか。そうだ、憂鬱病なんて誇り高き我がアインツベルン家の長男がかかるわけがないからな。はっはっは!昔は風邪をひいても風邪薬を一瓶飲んで熱い水を被ってでも仕事をするのが当たり前だった。今時の若者のように病気を言い訳にするような男にはなるなよ」


父さんも母さんも僕が憂鬱病だということを認めはしなかった。ただ使用人に僕が薬を取ってくるように言うといくらでも薬が飲めた。

胸の奥に氷のように熱い炎が燃えだして、あまりの恐怖に発狂しそうになることがあった。そんなときはレパスを飲めば冷たい炎はふわふわと溶けていった。

そうやって学園の順位も元に戻って、前のように一日14時間勉強と訓練が出来るようになったが、それも短い間だった。

薬の効きが悪くなってきたのだ。発作が何度もでるようになって、夜もまた眠れなくなった。

僕も両親も薬が効かないならもっと飲めばいいと思って、どんどん薬の量が増えていった。

一日にレパスを30錠ほど飲むようになったころ、医者が薬を出し渋るようになった。


「いくらアインツベルン様のお申しつけでも、医者としてこれ以上薬をお出しすることは──」

「なにを寝ぼけたことを言ってるんだ医者風情が!薬を出す事しか能のない分際で青い血の流れる私たちに薬を売らないつもりか!」

「——しかし」


三時間ほど口論が続いた。僕はグラグラする視界のなかぼやけたり固まったりする床の染みをじっと三時間眺めていた。



結局、次からは量を戻して休養させることを条件に一カ月分の薬を貰った。


「シオン、お前をアインツベルン家から勘当することにした」

「はあ」


どうでもよかった


「誇り高き我がアインツベルン家が憂鬱病になったなどと知れたら、家の恥どころの騒ぎではない。私の評価にも傷がつき、仕事に支障が出るかもしれん。それに憂鬱病と言ったって、薬を飲んでも治らんではないか。薬を飲んでも病気が治らない道理は無い。お前はただの怠け者だ。怠け者にアインツベルンを名乗る資格は無い。城下町の一軒家を餞別にくれてやる。明日荷物をまとめて出ていくように」

「わかりました。お父様」




三日後、僕は父親の餞別で貰った小屋でレパスをポリポリと齧っているうち、死ぬことを決意した。


ハルスリーを10錠水で飲み下し、街の外、城壁の外の魔物がいる森に入っていく。


森の木の根元、根っこを枕にゴロンと横になる。

静かだ。

風が気持ち良い。

土の匂いが心地良い。

死ぬにはいい日だ。

曖昧になっていく意識の中で、唸り声が聞こえた。

クルージベア。

曖昧になった頭でも、鳴き声だけで僕を殺す魔物の名前が分かる。

僕はおいしいかなあ。おいしいといいなあ。


「なにやってんのアンタ―――!!!」


叫び声が聞こえる。綺麗な声だった。


「ファイアバレット!!!」


そのあとクルージベアを焼き飛ばした炎は、およそ初級魔法のそれではなかった。

熟練の、天才魔導士が長い詠唱を唱え、精霊の力も借りてようやく生み出せる自然災害だった。


クルージベアは塵も残らず消し飛んだ。

眼の前の森も、大体数百メートルくらいまで真っ黒の消し炭になった。

僕の下半身も。


「あんたねえ!休息を取るなら迷彩魔法を──ってうわわわわどうしょう!!!ごめん!」


月の様に白い髪を腰まで伸ばした少女が、僕の身体を見て真っ赤な、紅玉の輝きを放つ美しい瞳を見開き、その瞳に透き通った丸い涙が溜まっていく。


泣かないでよ。

いいんだよ。


少女は涙をぬぐって、なにかを決意した表情で親指を齧り、血を口に含む。

真珠のような牙。


吸血鬼(ヴァンパイア)


夜の女王(ナイト・ミストレス)


口から血を垂らしながらそう呟いて、少女は僕にキスをした。



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