第九話 度会朧と模擬店
中間試験が終わってから一週間が経った。俺は今日の一時間目の総合の授業を楽しみにしている。そこでいよいよ学園祭での模擬店について、クラスで話し合いが始まるからだ。俺は今回店長として、クラスを引っ張っていきたいと思っている。
「おはよう。度会くん。」
「おはよう。星海。」
昨日実行委員の副委員長になったらしい星海が声をかけてきた。楓は相変わらず来るのが遅いが、遅刻しないのだろうか?
「店長になるんでしょ。応援してるよ!」
「ありがとな」
そのまま一限目が開始した。楓は結局まだ来ていない。担任の岩見先生が音頭を取る。
「それじゃあ今日は待ちに待った模擬店のことを決めるぞ!模擬店をするのは二回目だろうが、一応おさらいそしておくぞ...」
俺は高校から中高一貫のこの相榻高校に来たので、中学校の時のことはよくわからない。今回の先生の話をまとめると、
・今年は調理したものを販売できる(ただし一工程のみ)
・クラスに一つあるテントの装飾はクラスで行う
・店長と副店長をクラスで決め、彼らを中心として話が進んでいく
とかだ。
「それじゃあ、だいたい伝えたし、いまから店長、副店長を決定しようと思う。まず店長やりたいやついるか?」
「はい!」
言われてすぐにぱっと手をあげると、意外にも手をあげたのは俺だけだった。
「おー!朧一人か。他に立候補が居ないようなら朧で決定にするぞ...いなさそうだな。じゃあ店長は度会朧で決定とする。副店長決めも朧に任せるぞ。」
まばらな拍手とともに俺はクラスの店長に就任した。俺は教室の前に進んで、副委員長決めを始めた。
「じゃあ副店長やりたい人〜」
誰も手をあげようとしない。そうなのだ。クラスの模擬店で問題になるだろうと思っていたことがあった。それは、やる気がある人が少ないであろうということだ。
理由は単純、当日は友達と回りたいからだ。そもそも、星海や楓とかやる気があるやつらは実行委員や部活でがんばっている。彼らはそっちの方の仕事もあるので忙しい。
「みんな忙しいとは思うんだが、誰かやってほしい。」
だめだろうな。みんな忙しい貧乏くじなど引きたくないのだろう。
「それじゃあ、僕がやりたいです。」
「白石か。ありがとう。」
「そうだな。ほかに立候補も居ないし、副店長は白石でいいか?」
反対の声が上がるはずもない。
「よろしくお願いします!」
こうして2-βの店長は俺、度会朧。そして副店長は白石碧となった。これから一緒に頑張っていこう。
「それじゃあこれからは朧と白石に任せる。書類の提出期限とかは後で伝える。」
「これから宜しく頼むよ。度会君」
白石と挨拶を交わす。これからは先生中心ではなく俺達中心で進めていくことになる。先生は生徒会担当でもあるそうで、忙しいだろうし迷惑をかけたくはない。
「それじゃあ最初は何を提供するかから決めようか。みんなどんどん案を出していってくれ。」
まばらではあったがみんな色々な案を出してくれた。やきそば、焼き鳥、フライドポテト、他にも色々。
「そうだな...とりあえずたくさん案も出たし、今日はこの辺にしておこうか。一工程の意味もよくわかっていないしそれはまた担当の先生に聞いておこう。」
結局ホワイトボードがいっぱいになるくらいの案が出た。みんなも学園祭が楽しみではあるようだ。
先生が授業終了の合図をする。まだまだ時間がほしい。一応ここも進学校なので、学園祭準備に掛けれる時間があまり多くない。放課後は残るのも難しいし、ほぼ決める時間がないのだ。
次の古典の授業はあまりわからないので、”対話”でもしよう。
「来れるか?」
”来れるよ、というか来たよ”
手に乗る位のサイズの”俺”が机の上で手を振っている。こころなしか姿が少し霞がかかっているように思う。
過去の自分と対話できるということを知ってから色々と試してみた。すると買い物するときにメモとして出発前の俺を呼ぶ。これがめっちゃ便利だということに気づいた。自分に文句をたれてくる荒れてた頃の俺が勝手に来たことも何度かあって、そのたびにムカついてしまうという欠点もあるが。
「ここの問題何だけど...」
”あーこれならここを...”
こんな風に自分に相談できるので、この能力は割と重宝している。最近の俺はこんなことをしながら過ごしている。
家に帰るとすぐバンドのために練習をする。俺はボーカルとしてバンド”巫”に所属している。巫の特色としてはシンセサイザーで和楽器のサウンドを出す。バンド名は和のイメージから”巫”にしたらしい。俺が決めたわけじゃない。
去年はバンドに興味はなかったので知らなかったのだが、うちの学校にはバンドオーディションがあるそうだ。昔の学園祭ではバンドで近所から苦情が来ていたらしいが、オーディションをしてからは、苦情が来なくなったとかいう噂もある。結構ちゃんとしたオーディションで、落ちてしまったバンドも少なくないと先輩が言っていた。
とりあえず、オーディションに向けて頑張るとするか。
数日後、クラスで学園祭について話し合う時間があった。そこで割と重大な話を先生にされた。
「今朝確認してきたんだが、調理の一工程には...食材のカットとかも入っているらしい。そういうわけで基本的に、焼くだけ、揚げるだけとかしかできないそうだ。」
衝撃だった。一工程とはそういうことなのか。だったら焼きそばや、カレーライスとかができなくなった。クラスのやつらの何人かも不満そうにしている。
「そういうことなら、この前出した候補のうちカレーとか、焼きそばとか...半分くらいが無理になったな。でも候補案の提出期限はもうすぐなんだよ。時間もないし今ある案の中からもう決めたいんだが、どうだ?」
否定も肯定もなさそうだ。ならもう投票を取ろう。
「では自分が販売したいやつに手をあげてくれ。一人一票とする。白石は集計を頼む。」
決まった。我ら、2-βの第一希望は焼き鳥、第二希望チュロス、そして第三希望が綿あめとなった。これからは他のクラスとの兼ね合いから生徒会が販売する品目を決定する。
生徒会といえば...そういえば瑞希はどうしているのだろうか?後で会いに行こう。
その日の昼休みに生徒会室に向かった。生徒会に所属してはないが、生徒会長の相川瑞希とは仲が良いので、時々こうして会いに行く。
「瑞希いるか?」
「おー、朧か。どうしたよ?」
瑞希は会長の席に座ってお弁当を食べていた。長髪を頭の後ろのあたりで無造作に結んでいる。昔は校則違反だと先生たちに何度も言われていたが、会長就任直後に、校則を変えて合法にした。口が達者な上に頭もきれるのだ。校則を変える会議で、先生たちを言い負かしていたそうだ。その結果として今では届け出を出せば男子でも長髪にできる。ちなみに瑞希は”巫”のメンバーで、バンド名を決めたのはこいつだ。
「最近会ってなかったと思ってな。調子はどうだ?」
「最悪だね。ファッションショーの参加者が全然現れない。」
そりゃそうだろと突っ込みたくなるが、彼は真面目にそういうことをするやつだ。
「それはどんまい。ところで最近星海から聞いたんだが、体育祭の時なにかしてたのか?」
「あー絢夜から聞いたのか。いやー楓と色々といたずらしたんだよ。具体的にはね…」
コンコンと生徒会室の扉がノックされる音がした。ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、俺の知らない女子生徒だった。
「会長、先生と話してきたんですけど...ファッションショー無理っぽいです。というかあなた誰ですか?部外者は出ていってください。」
「安心しろ。彼は僕の友人だ。っていうか中止なのか!」
さっきまでのふざけてた雰囲気はどこへやら。瑞希は驚きで椅子を倒してしまった。やれやれと思いながら椅子を戻す。
どうやら彼女は生徒会の一員なのだろう。そして中止になったのか、ファッションショー。実は少し楽しみにしていたのだがな。
「そりゃそうでしょう。立候補者は会長含めて二人だけですよ!中止にもなりますよ。あと生徒会室は生徒会の人しか入っちゃだめなので、出ていってください。」
「えっ、ちょっと...」
そのままその女子に部屋を追い出された。突然のことに驚いたが瑞希も大変そうだし、今日はこのあたりにしておこう。
"彼女のことはやっぱり覚えてないみたいだね"
「びっくりした。いきなり現れないでくれ」
肩の上に”俺”が乗っていた。
”ごめんごめん。彼女は生徒会の副会長だ。名前は空見茜音。ついさっき瑞希と一緒に副会長として挨拶してたぞ。”
そう言われて記憶をたどるが思い出せない。
「というか生徒会の挨拶があったのは四月だぞ。そんな前のことは覚えてない。」
”そうか、俺にとっては今なんだけどね”
そのまま過去の俺と話しながら教室に戻る。
学園祭まであと20日。無事に終わるとよいのだが。