第七話 朝日奈未織と交通事故
いよいよ私はなりたかった委員長に就任できた。二回目の集会が終わってから教室に戻りながら考える。この間は絢夜に声をかけようとしたが、口がパクパクするだけで声が出なかった。あの時私は驚いたのだ。一回目の集会直前に見た変な映像は、私達が予備室の前の方で立って挨拶をした場面と同じだった気がしたのだ。そのことを伝えようとしてもなぜか声が出なかった。
まだ投票もしていなかったはずなのに私も絢夜も光藤さんも、すでに委員長と副委員長として前に立っていた気がする。あの映像は何だったのだろうか。アニメとかでよく見る予知の類なのだろうか。
ま、そんなわけないか!
次は数学だし、頑張ろうかな。数学の授業は2-βの岩見先生がしてくれる。岩見先生は授業がわかりやすいので私は好きだ。
席に座ってノートを開きながら考え事をしていたその時だった。また視界が一気に変化した。
気づくと私は横断歩道の前に居た。ここは...学校のそばの交差点だ。電車で通学する人の多くが通る交差点で、私もよく通っている。見回すと相榻高校の生徒たちが何人も歩いていた。太陽の感じから見ても、下校の時間なのだろう。
「あれは...。おーい!」
絢夜が歩いていた。交差点のあたりに向かって歩いている。声をかけても反応がない。聞こえていないのだおるか?それともなにか考え事をしているのだろうか?ボーっとしたような様子でそのまま赤信号の横断歩道に向かって歩いていく...
「危ない!」
そう叫んだときには遅かった。まっすぐ走ってきたバイクが横からぶつかってきた。そのまま絢夜は吹っ飛んで、電柱に頭をぶつけた。すぐに駆け寄ろうと走り出すと。視界は数学の授業中になっていた。隣りにいた絢夜が心配そうにこちらを見ていた。
今のもこの間と同じような感覚だった。もしかしたら...これも予知なのだろうか?あるわけ無いとは思いながらどうしても不安になってしまう。もし...1%でもこんなことが起こる可能性があるのなら、彼には注意してもらわないと。
授業が終わってすぐ絢夜に声をかけた。
「絢夜、さっきね...」
まただ。絢夜にさっきの映像のことを話そうとしたら声が出なくなる。
「どうしたよ?朝日奈さっきもボーっとしてたけど。」
「あーいやなんでもない。ただ交通事故には気を付けてほしくて...」
そこで気付いた。あれはいつなのだろうか?あれ今日とかならば絢夜も警戒するだろうが、来月とかかもしれないのだ。どうすれば...。あっそうだ!
「そうだ。絢夜。今日から一緒に帰ろうよ!」
「どうした急に?」
「いや私らいま委員長と副委員長でしょ?色々話したいこともあるしさ♫」
「...まぁたしかにね。じゃ帰ろうか。」
まだ納得しきってはいないようだが約束してくれた。一緒に帰ればいつ事故が起こるにしても対処できるのだ。それに...絢夜と話していると楽しいのは本当だし。
「朝日奈は僕の一つ前の駅か」
「そうだね。そこまでは一緒に行こう!」
私を含めて殆どの生徒は最寄り駅から四つ先の花菜都駅で降りる。絢夜はそのひとつ先の駅で降りるようだ。ただ彼も週に三回ほど塾があるので花菜都駅で降りるようだ。
「そうだ。小林先生になにか聞いてたみたいだけどどうしたの?」
「あー。委員長として決めることとして何があるか聞いておきたくって...」
こんな話をしながら駅で絢夜と別れた。いつあの未来は来るのだろうか?本人に見たことを伝えられたら良かったのに。信じてくれるかは置いといて。予知したことについて直接的なことは言えないのだろうか?”交通事故”というワードは言えたのだ。
次の日の朝がきた。9/25快晴。その日はなぜか絢夜が私を避けていたような気がした。会話をしていてもいつもより目が泳いでいたような気がした。今日は集会の予定もなかったので、何事もない普通の日常だった。最後の授業が終わった後、今日も一緒に帰ろうと隣のクラスに向かった。
絢夜がいない。お手洗いだろうか?ちょうどよくそこに居た藤川くんに声を掛ける。
「ねぇねぇ。絢夜見てない?」
「絢夜ならもう帰ったよ。」
藤川くんはなぜか私に微笑みかけながら言った。っていうか絢夜もう帰ったの!もしかしたら今日がその日かもしれないのに!藤川くんに軽くお礼を言って絢夜を追いかけた。藤川くんが私を笑っている声が聞こえた。恨んでいるのだろうか?
校舎の外に出て絢夜を追いかける。心なしか空の色があの映像と同じ気がした。あんな事故に巻き込ませるわけにはいかない。一心不乱に走った。
「居た...」
交差点に目をやると絢夜があの映像のようにボケーっとしていた。あぁもう考え事とかしてるから危ないんだよ。私が叫んでも周りがうるさいのか声が届かない。絢夜がもうすぐ赤信号の横断歩道に着く。間に合え!
「絢夜!」
「えっ?」
間一髪だった。絢夜を後ろに引っ張ったとき、眼の前をバイクが通り去っていった。ほんとに危なかった。
「なにしてんの絢夜!ちゃんと信号見なさい!」
「へっ?あー悪い。赤だったのか...」
絢夜は飛んでしまった眼鏡を探しながら、どことなく適当に返事をしてきた。そんな態度を見るとムカついてきた。
「あんたはいっっつも適当なんだから。もっと自分の命を大事にしなさい!あなたは副委員長で私たちを支えないといけないの!絢夜が居なくなったら...私は困る!」
「ご、ごめん」
いまいち煮えきらない。謝る時もなにか考え事を続けているようだった。
「もういい!」
完全に怒った。私はずんずんと駅に向かって一人で歩いていった。横断歩道をわたりきってちらりと後ろを見ると、絢夜が横断歩道の向こうで歪んでしまった眼鏡を掛けながら座り込んでいた。
次の日は絢夜を私の方から避けようとした。電車で会わないようにいつもより更に一本早い電車に乗って登校した。誰も居ない教室で一人で勉強する。すぐにわからないところにぶつかる。絢夜に聞きたくなる衝動を抑えようとする。
ドアが開く音がして目を向けると、絢夜が入ってきた。おかしい、来るのが早すぎる。昨日の今日で気まずいのに、まっすぐ私の方に近づいてきた。
「朝日奈。昨日は悪かった。色々考え事をしていてな...」
「こっちも言い過ぎたとは思ってるけど...そんなに何を考えていたのよ?」
絢夜は少し悩んだようにした後、私に小さい直方体の箱を渡してきた。
「なにこれ?」
絢夜が渡してきた箱を開けるとそこにあったのは、きれいなボールペンだった。黒が基調となっていて、一部のピンク色がワンポイントとなっている。
「きれい...。ってかどうしたのこれ?」
「まさか本人が忘れてるとは...今日朝日奈誕生日だろ。だからプレゼント。」
そうだった。今日は9/26。私が生まれた日だ。そういえば朝お母さんがおめでとうと言ってくれた。絢夜がプレゼントをくれたことなど、今までなかったから予想外だった。
「女子にプレゼント贈ることとかなくって、悩んでたら事故りそうになっちゃった」
「まったく何やってんだか…。けど、うれしい。大事にする!」
さっきまで話すのが気まずかったのが嘘のような感じがする。私は喜びのあまり絢夜に抱きついてしまった。
「わっ。どうした急に。」
完全に嫌われてしまったと思っていた。どうして私はこんなにホッとしているのだろう?
そんなことを考えているとまたガラガラと音がした。
「えっ...?」
ぱっとドアに目をやると、音羽ちゃんが顔を赤く染めてドアをこちらを見つめていた。やばいそういえば抱きついたままだった。そのまま音羽ちゃんは扉を閉めようとする。
「ちっちがうよ!音羽ちゃん!」
「どうぞごゆっくり〜」
扉を閉めて音羽ちゃんは教室を出ていった。
「待って〜!」
絢夜と一緒に誤解を解こうと音羽ちゃんを追いかける。彼女は意外と人のうわさ話が好きなのだ。
とりあえず絢夜を救えたし、実行委員の集会で気まずいことにならなさそうで良かった。
文化祭まで後22日。突っ走ってこう!