第十五話 空見茜音とジビエ
学園祭まで後いよいよ十日となった。この前まで私は生徒会の企画であるファッションショーの中止により、実行委員のヘルプとなっていた。ただ今日は珍しく相川会長から生徒会室に来るように連絡があった。もしかして新しい企画が決定したのだろうか?
昼休みが始まって教科書をしまっていると、この前のように”おみくじ”が降ってきた。
大吉
準備が完了される
ラッキーパーソン 度会朧
二回目の登場だったのでそこまで焦ることはなかった。あの後何回か実行委員と関わったときに知ったのだが、私を助けてくれた人は舛田音羽という方で、最初の”おみくじ”に書かれていたラッキーパーソンだ。偶然とはどうしても考えづらい。私自身少し興味をそそられているのを感じる。
度会朧。私の知っている人だろうか?準備とはなんのことなのか?疑問は尽きないが、生徒会室に行く時間だ。
いつもと同じように生徒会室に歩いていく。いつものようにコンコンとノックする。扉を開けると会長が椅子に座って資料を読んでいた。あれ?いつも全く同じような気がする。
「おっ来たか茜音くん。生徒会企画が決定したよ。おっと先にお茶を出そうか。」
「結構です。それよりどんな企画になったんですか?」
お茶を作ろうとポットに手を伸ばした会長を止めて、早く本題に入ってもらう。今日は数学の復習をしたいのだ。
「結論から言うとな...鹿になった。」
「は?」
「鹿だよ。ちゃんと言うと鹿肉のおやきを売ることになった。」
まったく空いた口が塞がらない。この前言っていた鹿の話は冗談だと思っていたのに...
「害獣駆除業者の方で鹿肉料理を販売してるところがあってね。PRも兼ねて販売許可がでたんだよ。」
「なるほど...」
一応理にはかなっているというかなんというか。別に悪い企画ではない気もする。
「あーそうだ。そろそろ来客が来るのだがどうする?」
「来客ですか?」
「2-βと2-γの店長たちが来るんだよ。ほら、あの件でね」
あの件...あーあれか。γクラスの販売するものの案が第一希望意外まともじゃないというものだ。そのせいでβクラスはγクラスと被ってしまった第一希望を変えなければならなくなってしまった。その説明を会長自らがするそうで、大変だろう。
「そうですか。では私はそのあたりで書記でもしてますね。」
「悪いね。よろしく頼むよ茜音くん。」
嬉しそうに笑みを浮かべて会長は言った。この人は顔が整っているので、女子からの人気も高いようだ。
「失礼します。2-γの黒田です。」
会長が入るように促すと、眼鏡を掛けた小柄な男性が入ってきた。名前は黒田というようだ。
「失礼するぞ」
扉を見ると、背が高くがっしりした男性が入ってきた。あれ?私は彼を見たことがある気がする。
「やっほー朧。いらっしゃい」
メンバー的に考えておそらく彼が2-βの店長だろう。どうやら会長とは旧知の仲のようだ。後ろの方に座っていた私に気づくと自己紹介してきた。
「こんにちは。空見さん。俺は2-βの店長、度会朧だ。どうぞよろしく」
度会朧!まさかここで名前が出てくるとは...どうやら今回は彼がラッキーパーソンであるようだ。驚いて返事もできずに居ると、申し訳無さそうに度会先輩は言った。
「この前はごめんね。勝手に生徒会室に入ってて...」
「あー道理で見覚えが...」
「コホン。そろそろ始めようか」
会長の咳払いを合図に、私達はそれぞれパイプ椅子に腰を下ろした。
「まずこの会の開催が遅くなってしまって申し訳ない。本当はもっと早くしておけばまだやりようがあったように思う。一応状況を説明しておくと...」
そう言うと会長は状況説明を始めた。
「そういうわけなんだ。βクラスには申し訳ないのだが、第一希望をγクラスに譲ってくれないか?もちろんただでとは言わない。βクラスにはテント設営の位置を自由に決める権利をあげよう。」
「俺はそれで問題ない」
「私も問題ありません」
度会先輩と黒田先輩の両方が承諾した。ということでこれにて無事終了かな。
「それでは私はこれで。失礼しました。」
そう言うとすぐに黒田先輩は帰っていった。
「悪いね、朧。クラスのみんなにはどう伝えたんだい?」
「別に。普通だよ。白石と楓がちょっと愚痴ってたくらいだ。他の奴らは...あまり興味がないらしい。」
「そうかもね...今年は特にクラスの方に興味を持たない人が多い気がする。」
この二人の会話を聞いていて、少し気になった事がある。
「会長と度会先輩は長い付き合いなのですか?」
私が話しかけたことに少し驚いたような表情をしながら、二人は教えてくれた。
「そうだね...。最初にあったのっていつだっけ?」
「最初...高校の入学式のときだろ。たしかバスケ部に入るように言ってきたんだったか?」
「そうだ!ガタイが良かったからバスケ部に勧誘したんだったね。まぁでもその後は特に話すこともなくって感じだったんだよ」
どうやら思い出話に脱線していきそうだったので本題に戻させる。
「それではいつ頃から...」
「悪い悪い。仲良くなったのはたぶん体育祭のときだな。」
「そうそう。最初の体育祭ね。紅白対抗リレーのとき。僕らはどっちも紅組でね。僕が朧の前に走る事になっててバトンパスの練習とかしてたら仲良くなった感じかな。」
チャイムが鳴った後、教室に戻りながらさっき聞いた話を思い出す。ラッキーパーソンこと度会朧のことを知ろうと思ったのだが...大した収穫はなかった。度会朧のことを知ろうとわざわざ話しかけたのに、”準備”のこともよくわからなかった。ぼーっと歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「やっほー茜音ちゃん」
「櫻井さんか…。何?急に」
「なにか考え事してたみたいだけどどうしたの?」
櫻井さんは私とずっと同じクラスだ。小学校も同じだったからか、積極的に話しかけてくる。昔一度嫌いだと伝えたはずなのに。
「なんでもない。そういえばクラスのことはどうなったの?」
「えっ。茜音ちゃんがクラスのことに興味を持つなんて...」
彼女は驚きつつも嬉しい、そんな感情を表情に表した。
「別に...一応クラスの一員だっていうだけ。とっとと教えてくれる?」
「わ、わかったよ」
家に帰ると珍しくあの人が帰っていた。あの人は官僚だ。詳しいことは覚えていないが、まぁまぁ良い役職についていたはずだ。普段は帰るのが遅いが、今日は何かあったのだろうか?
「おかえり茜音」
「ただいま...お父さん。どうしたの今日は早いけど」
「勉強の調子はどうかなと思ったからな。学園祭があるらしいが周りに流されずに、しっかり勉強するんだぞ。今が差をつけるチャンスだ。」
「...わかってる」
あの人との話を早々に切り上げて部屋に戻り、ベッドに飛び込む。まだイライラしているのを感じる。あの人は私のことを見ていない。
あの人は良い大学に入り、良い職業につく誰かがほしいだけだ。決して私を望んでいるわけじゃない。ごろりと寝返りを打つと、机においてあるカレンダーが目に入る。3年後の4月につけられたバツ印を見る。
あの人が望んだ良い大学はこの街ではない大都市にある。私がつけたこの印は、私がこの家を出る日、もとい私が鳥かごからでて自由になる日だ。私はこの日を迎えるためにこの平凡で苦痛を伴う日常を過ごす。
早く終わってしまえ