第十四話 朝日奈未織といつもの日常
文化祭が近づいているとはいえ、学生の本分は勉強である。そんなことを何人かの先生は言ってくる。私は勉強ができる方ではあると思う。この前の模試でも、理系五位だった。私はがむしゃらに頑張るタイプで、よく絢夜にもっと考えてから解き始めるように言われる。ちなみに絢夜は理系クラスの堂々の一位だ。
絢夜は総合順位では、文系一位の度会くんに勝ててはいない。けど、絢夜は数学で一位を取り逃がしたことはないし、英語でもトップ三位ぐらいだ。
ただ...絢夜は国語ができないのだ。この前各教科の得点グラフを見してもらったが、国語のとこだけ他と比べて悪い。
「やあ。朝日奈」
「やっほー。絢夜」
今日の昼休憩も隣のクラスに行く。今日は実行委員の集会もないので、気兼ねなく勉強できる。絢夜は教えるのが上手いのでいつも教えてもらいに行く。
絢夜はまだお弁当を食べているところだった。
「絢夜は食べるの遅いね〜。ほんと」
「胃が小さんだろうな」
「あんたはもっと食べなさい。」
持ってきたノートで絢夜の頭をペシッと叩く。絢夜は痩せ過ぎなのだ。私なんて最近食べすぎて毎晩体重計の上で顔を青くしているというのに。
「おまたせ。今日は何をしようか?」
「塾のプリントでわからないところがあって...」
私は名門と呼ばれている都会の方にある大学を志望している。将来は薬学系の道に進みたい。そのためにも每日頑張らないと。
「助かったよ絢夜!」
「どういたしまして」
ぱたんとノートを閉じて絢夜が言った。ありがたいが、時間を奪っているのではないかといつも申し訳なくも思っている。そんな気持ちが何故か今日こぼれた。
「ねぇ...。絢夜?私に勉強教えるの迷惑じゃない?」
もし迷惑なら...もう頼るのはやめよう。そんな風に考えていると絢夜は不思議そうに、けれどどこか照れたように言った。
「どうした急に?全然迷惑じゃないよ。…好きだし。」
突然の告白に言葉を失っていると控えめにきゃーと言っている声が聞こえた。振り向くと音羽と藤川くんがニヤニヤとこちらを見ていた。
「も、もー!何よ二人とも!」
「おー。藤川、舛田さん。やっほー」
何事もなかったようにプリントを整えながら絢夜は二人に声を掛ける。二人が近くにやってきた。
「聞いてましたよ!未織ちゃん!」
「なかなかやるね。絢夜」
顔が真っ赤になっているのがわかる。絢夜の方に目を向けれない。
「は?何が?」
「何って...好きなんだろう?」
藤川くんがニヤニヤと絢夜に聞いている声が聞こえる。
「あぁ、うん。教えるの好きなんだよね♪」
顔は見ていないがおそらくにこりと絢夜が言った。
そっちかよ〜〜。藤川くんと音羽ちゃんが呆れたように首をふる。そ、そうよね。教えるのが好きなのよね。どこか安心したがなぜか悲しい感じもした。
「ちぇっ。鈍感野郎が」
「まぁまぁ。もう少し見守りましょうよ」
そんなことを言いながら音羽と藤川くんが教室から出ていった。
「何しに来たんだ?彼ら」
絢夜はまだ不思議そうに首を傾げている。
「さあね?ところで教えるの好きなら先生志望だったりするの?」
「いやそれはないかな。今のところ医者志望だし。」
こんなふうに絢夜と話す時間は楽しい。ただ高校生活も後一年と少しで終わってしまうのだ。
「そういえば朝日奈のクラスは何を売るんだ?」
「あー。私のクラスは焼き鳥を売るんだよ」
「いいじゃん。美味しそう」
今年私はあまりクラスの方に絡んでいない。実行委員の方が忙しいからだ。最低限の仕事はするつもりだが、あんまり多くは働けないので、クラスのみんなには申し訳なく思っている。
いつものような一日が終わって次の日を迎えた。今日は実行委員の買い出しがある。この学校では先生の同伴のもとで生徒は近くのホームセンターに買い出しに行ける。
この間生徒会の空見さんが教えてくれた事によると、実行委員が使えるお金はかなり限られているそうだ。装飾班と企画班それぞれの希望をある程度叶えられるように調整したい。
「そういうわけで、今日買い出し行きたい人居ますか?」
「はいはい!」
「行きたいです。」
先生によると買い出しに行けるのは三人だけらしいのでメンバーを決めないといけない。今のところ装飾班から一人、企画班から一人、そして委員長か副委員長一人、という構成にするつもりだ。
今は実行委員の集会が行われている予備室。思ったよりも希望者が多い。ここは一旦それぞれの班に分かれてもらって、買い出しに行く人を一人ずつ決めてもらおう。ということを藤川くんと音羽に伝える。後は二人に任せよう。
「んで、僕らからは誰が行くの?」
「どうしましょうか?私はクラスの買い出しに行かないといけなくて...」
絢夜と永遠ちゃんと話す。さっき永遠ちゃんが嬉しそうに教えてくれたのだが、永遠ちゃんのバンド、”phantom”がバンドオーディションを突破したそうだ。実は永遠ちゃんが知る前にすでに予知して知っていたので、驚いた表情を作るのが大変だった。どうやら初日のトリだそうで、とても楽しみだ。文化祭が終わったら、ぜひ一緒にカラオケに行きたい。せっかくだし実行委員の打ち上げってことにするのもありかも!
「それなら僕が行こうか」
「いいの絢夜?」
「全然大丈夫だよ。朝日奈もクラスの買い出しがあるんだろ?」
「なんで知ってるのよ...」
「アオイが教えてくれた。」
そうだ。私はクラスの買い出し係として買い出しに行く。アオイというのは白石碧ちゃんのことで、なぜか絢夜は彼女のことをアオイとよんでいる。碧ちゃんも絢夜のことをヨルくんとよんでいて、みんな珍しく思っている。
絢夜は周りの人を下の名前では呼ばない。中学二年生の頃、気になって絢夜と小学校が同じだった音羽に聞いてみた事がある。音羽と絢夜は一度も同じクラスにはなったことがなく、この学校に入るまで面識がなかったようだった。音羽に聞いた時、彼女はどこか渋い表情をして、あんまり詳しく知ってるわけじゃないけどね...
そう言って話し始めた。
星海くんの下の名前ってどこか女性っぽい気がしない?しないか。未織はちょっとそのあたりが鈍感だもんね。けど、私を含めて多くの人は女子みたいな名前だと思ってたの。
だからかな。そのことで小学校の時、結構からかわれてたみたい。あの時から頭は良かったから、ちょっとひがまれてたのもあったかもしれないけど。クラスは違ったけど天才がいる、なんていう噂は聞いてたしね。その頃からだったかな、星海くんが人を名字でしか呼ばなくなったのは。
この話を聞いた時、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになったのを覚えている。私は色んな人とすぐ仲良くなれることが自慢だ。中学一年生の時、私と彼は一緒に文化祭でクラスのリーダーになっていたこともあり、よく話すようになった。
そんなわけで、私は文化祭が終わったあたりから星海くんから絢夜へと呼び方を変えた。音羽からこのことを聞くまで、彼にこんな事情があったなんて知らなかった。
それなのにずっと”絢夜”と呼んでいたのだ。彼はどんな気持ちだっただろうか?そう思って私はその日から”絢夜”と呼ぶのをやめた。
「どうしたんだ?朝日奈さん。急によそよそしくなって。」
”星海くん”そう呼び方を変えると、彼はすぐに理由を聞いてきた。私は器用に嘘がつけるタイプではなかったので、正直に話して謝ることにした。
「実はね... というわけなんだけど...本当にごめんなさい。」
正直に話し終えると、絢夜は納得したような感じで、いつもと変わらない笑顔で言った。
「あー。舛田さんから聞いたのか。まぁなんというか、その話は本当だ。」
「じゃあこれからは星海くんで...」
「ただ、」
私が言い終わる前に彼は言った。
「ただね、朝日奈さん。今はそんなこと気にしてないんだよ。それに...君はからかおうなんて気持ちはなかったでしょ?だから問題ないよ。」
今よりもだいぶ幼い顔立ちをしていた彼は今と変わらない笑顔でこう言ったのだ。
「ほんと?これからも絢夜でいいの?」
「もちろん...朝日奈さんが良ければね」
「わかった。けど一つお願いしていい?」
今思えばあのときはちょっとどうかしていた気がする。あの時私はこう言ったのだ…
「私のこと朝日奈って呼んで!」
文化祭まで後12日。これからも絢夜とは仲良くしていきたいな