第十三話 度会朧と甘いチュロス
一昨日はバンドのオーディションだった。多少は緊張したが、いつも通りできたような気がする。この分だと受かっているだろう。相川の和風アレンジも素晴らしいし、今思えばバンド名の”巫”も悪くない気がしてきた。
今日は月曜日でオーディションの結果発表があるが、それは昼休みのタイミングだ。まずは一限目に行われる総合の授業でクラスのことを決めていこう。
「では、今日は装飾を誰がするか、パーカーを誰が作るか、とかを決めてもらおうか。朧、白石、後は頼んだぞ。」
一限目が始まってすぐに岩見先生はこう言って俺達にまかせてきた。白石はさっきまでダンス部の練習に行っていたからか、どこか疲れているようだった。みんなを見渡すと、単語の勉強をしてるやつも居た。というか楓が来ていない。遅刻だろうか?
「じゃあまずは装飾を誰がするかから決めないか?だれかやりたい人!」
シーンという音が聞こえそうだった。誰もやる気なんてないのだろうか?そう思っていると控えめに手をあげたやつが居た。星海だ。
「実行委員と掛け持ちになっちゃうけど、やってもいいかな?」
「大丈夫だよ!ヨルくん。僕もサポートに入るつもりだし。」
最近始めて知ったのだが、白石は星海のことをヨルというあだ名で呼ぶ。そして星海は白石のことをアオイと呼んでいる。星海は楓を含めて全員を名字で呼んでいるのに。どうやら星海と白石は昔一緒に留学に行っていたから、仲が良いようだ。そしてこれ以上装飾をしたい人が増える気配はなさそうだった。
「遅れたな!まだやってるかい?」
扉を蹴破るような勢いで、楓が入ってきた。今日は普通に遅刻だったな。
「今は装飾をする人が決まってないところだ。ていうか遅刻するんじゃない!」
先生が楓を軽く叱った。なんかもう糠に釘だな、ほんと。
「じゃあ、俺もしようかな!他は誰がやるんだ?」
「僕とヨルくんが参加するよ。楓くん。」
「おー!白石と絢夜か。願ったりかなったりだな。」
じゃあこの三人で決定でいいか?と声を掛けてみるが、軽く頷いてくれるやつが何人か居る程度だ。ということでこれで決定とすることを宣言した。
「ところで装飾って何をするんだ?白石?」
「テントの装飾のデザイン案を出すのと...後パーカー作りかな。こっちは任意だけど。」
そういえばパーカー作りがあったな、完全に忘れていた。この学校では高校の各クラスでパーカーを作るという伝統がある。そのため当日と前日準備のときにはカラフルなパーカーを着た生徒たちが大量発生する。
ここからは去年パーカー作りに参加していたという白石が進めていった。
「それじゃあパーカー作りしたいかどうか投票しよう。これは秘密投票とするからみんな伏せてね。あー、ヨルくんと楓くんも伏せてね。」
わざわざ秘密投票にしたのには理由がある。パーカー作りには3500円程度かかるのだ。どうしても払いたくないという人たちが出たときに、同調圧力で手をあげれないみたいなことがないようにする為だそうだ。どれくらい手を上げるだろうか?勝手な予想だがあまりあげないと思う。今までの感じから言うと、学園祭にそこまでの熱意を持っているような人はあまり居ない気がする。
「みんな伏せたかい?それじゃあ、パーカーを作ってほしいと思う人は手を上げてください。」
"大外れだったね"
「うるさいなぁ」
二限目の古典の授業中だ。あいかわらず何を言っているのかわからないので、過去の俺と対話する。この俺は三日前くらいから来たそうだ。
あのパーカー作りの投票の結果は満場一致で作る方だった。みんなの手があがった時は思わず驚いてしまった。そんなわけで我らがβクラスはパーカーを作成する運びとなった。色やデザインなどの細かいことは楓たちがこれから決めていく。
”どうせみんな学園祭への熱意なんてないと思っていたのだろう?”
「お前は違うのか?」
”いや、一緒だけど”
たかが三日程度の差では考え方は変わらないのだな。変に感心してしまう。
”ところでもうすぐオーディション本番なんだが激励の言葉はないのかい?”
「今からなのか...。大丈夫だ。俺は未来の自分に激励された記憶はない。」
”はぁ...。そりゃそうか。それじゃあ頑張ってくるよ!”
そう言うといつもどおり消しゴムに腰掛けていた小さな俺は陽炎のように消えていった。結局この能力で出てくる”俺”は何なのだろうか?俺自身が勝手に作り上げた幻か、それとも未来に干渉できないように過去に戻るときに記憶を消されているのか。知るすべはないだろう。
「ありがとうございました」
四限目の授業が終了した。いよいよ昼休みだ。バンドオーディションの結果が発表される。バンド一組一組が、先生に呼ばれて合否を聞かされるそうだ。大体三組目に呼ばれることになると、オーディションの後に聞かされた。
「よっ朧」
教室の前で瑞希と合流する。ちなみに”巫”は三人グループだ。もう一人ギターの遊歩は他のバンドにも掛け持ちしているので、もう発表場所に居るらしい。長い髪を揺らしながら歩いている瑞希と一緒に発表される教室の前についた。扉の前には遊歩がすでについていた。
「よっ。遊歩。どうだった?」
遊歩は瑞希とバンドを始めようとしたときに、楓が紹介してくれた。ギターの実力は折り紙付きで、他のバンドからも誘われていたようで、掛け持ちしてもらっている。
「だめだったよ。どうやらボーカルがちょっとね...。」
この学校の講評は結構ガチである。昔バンドをやっていた先生たちが誰が悪かったかまで、しっかり言ってくる。隣で瑞希が「恐ろしや...」と呟いているのが聞こえた。
コンコンとノックをして教室に入った。流石に少しは緊張する。先生の前に置かれている椅子にとりあえず座るように言われた。俺達が座ったことを確認すると、先生が口を開いた。
「単刀直入に言うと...合格だ。」
隣で瑞希がほっと息をついた音が聞こえた。正直言うと俺はまだ把握できていない。単刀直入に言い過ぎだろ!
「軽く講評しとくと...ボーカルの声は特に素晴らしかった。和風にアレンジした楽曲もギターとあっていて良かったぞ。というわけで学園祭二日目のトリにしたいと思う。」
先生にお礼を言って教室に戻り始める。少し進んだところで遊歩が言った。
「まさかトリとはね...。流石に緊張するぞ。」
「二日目のトリがどうかしたのか?」
俺は高校から入ってきた上、去年バンドに参加しなかったのでこのような話には疎いのだ。
「保護者が来るのが二日目ってのは知ってるだろう?」
それは流石に知っていると頷くと、瑞希が続けて、
「二日目のトリは一番バンドに人が集まるタイミングで、その年一番の実力を持つバンドがパフォーマンスすることになってるんだよ。」
「…。そうか。なら、こっからも頑張っていかないとな!」
「相変わらずだな、朧。まぁ確かにみんなに見てもらうのに恥をかくわけには行かないしな。」
「それじゃあこれからも頑張っていこうぜ」
そんなことを話しながら遊歩と教室前で別れた。俺も教室に戻ろうとすると、瑞希が声をかけてきた。
「朧。ちょっとついてきてくれるか?」
どこか神妙な表情で言われたので、ついていくと生徒会室に連れて行かれた。
「おいおいまたあの後輩の子に怒られるぞ。」
「今日は空見くんは来ないから安心しな。ところでこれ見てくれるか?」
そう言って渡された一枚のプリントに目をやると...
「ってなんだこれ!」
そこに書かれていたのは2-γクラスが売ろうとしている食品の第一希望から第三希望だった。ただその希望が問題だった。
第一希望フライドポテト、第二希望スムージー、第三希望綿あめ。
「第一希望被ってるじゃないか...」
俺が店長をしている2-βクラスの第一希望もフライドポテトだ。この場合は抽選で決定されると聞いていた。
「被ったことが問題なんじゃなくってな...。このクラスの第二希望と第三希望は...無理なんだよ。」
「はっ?どういうことだ」
「スムージーは加熱がないし、綿あめはそもそも機材を購入しないといけない。その機材は終わった後どうしようもないだろう?だから期間の関係もあってな...今のところ生徒会では無条件で2-γクラスはフライドポテトにしてやろう、なんていう案が出ているんだよ。」
「ふざけるなよ!アンフェアだろそんなの」
こんなものは公平ではない。なんでこっちが一方的に損しないといけないんだ?
「僕は反対したんだけどね...。実際時間がなくってな、保健所に報告しないといけないんだ。本当は明日、君のクラスと2-γの店長と副店長を呼んで伝えようと思っていたんだが、先に伝えておこうと思ってな。」
「…。それはもう決定なのか?」
「あぁ申し訳ないがほとんど決定だ。」
「わかった。」
”まさかこうなるなんてね...”
生徒会室から出ると過去の俺が出てきた。
「瑞希にあれこれ言っても仕方ないだろう?」
実際心の底では納得しきっていない。けど...実はひっそり第二希望の方を押していたりもするから複雑な気持ちだ。とはいえ怒りは消えてきた。
学園祭まで後14日。甘いチュロスも悪くないだろ?