花邑杏子は頭脳明晰だけど大雑把でちょっとドジで抜けてて馴れ馴れしいがマジ傾国の美女【第26話】
花邑杏子は明らかに不機嫌だった。
「あっしは、誰が犠牲になろうが、特に関係ございやせんが。あ、あなたは別途ーー」
手数料取る気まんまんだな!
「そうねえ、また焼き肉奢ってくれたら、考えてあげる」
「それは、前払いか?」
「それは、義範次第よーー」
「事態は急を要するんだ!」
「へえ。そうなんだ」
「分かった。じゃあ今夜、焼き肉くいーんで」
「ちゃうわー!『町中の南波』で決まり!」
また三万円吹っ飛ぶ・・・
花邑杏子が嬉しそうに言った。
「私、あの店のネギ塩厚切り牛タンが心底好きなのよ」
ちなみに『町中の南波』とは、澄香ちゃんのお父さんのお店。
「俺、今日は量食いたい気分なんだけど」
「『町中の南波』でも量は食べられるわよ」
「ネギ塩厚切り牛タン、一枚一千五百円するんだぞ」
「私、十枚はペロリよ♪」
ダメだ。こいつに金銭感覚を説いても無駄だ。
夕方ーー
事態は停滞したまま、退社時間となった。
結局、花邑杏子には何も頼まないことにした。
極道が事態を収拾したとなれば、大徳エンジニアリングはただでは済まない。そんな基本的な思考もできないほど、義範は混乱していた。これは、会社で内密に処理する案件なのだ。今日は残業だーーと思っていたら、課長がこう言った。
「ここから先は、私の仕事だ。犯人とは私が対話する。もちろん、悪魔の要件に屈するつもりは毛頭ないがね。赤坂君、無理をさせてしまって悪かった。今日のところは、お帰りよ」
「課長。それでは・・・」
「いいから帰りたまえ」
有無を言わせない迫力を感じた。これが課長の胆力かーー
「分かりました。帰ります」
「御苦労様」
俺は戦力外ってわけか。この行き場のない怒りを、どこに向ければいいのかーー
夕食は、牛丼のテイクアウトにした。
もそもそと牛丼を頬張る義範は考えた。
(あの広報って部署、どんなに贔屓目に見ても変わってるよな)
国島君子のあの自由奔放ぶりにしろ、篁って課長の仕事の虫っぷりにしろだ。
ふと、電話が掛かってきた。花邑杏子からだ。
「悪いけど、この会社のことは調べられないわ」
「?どういうことだ」
「この会社は、ネットワーク上に巨大なランサムウェアを飼ってる。もちろん、普通のランサムウェアじゃない。言うなれば・・・」
「い、言うなれば・・・?」
「おっと、ここから先はビジネスだよ。さあ、どうする?」
「いらないよ。金が勿体ないぜ」
「分かった。今回はこれでジ・エンドだ」
妙に大人しく引き下がったな。何かあるのか?
「ま、お互い、上司の言うことは大人しくハイハイと従っていようぜーーじゃあな」
およよ~?今回は俺ん家に来るとか、一切、言わなかったぞう!
澄香ちゃんは営業中だしーー
久し振りにひとりの夜か。
今日は大人しく寝るかーー
なんて思っていたら、呼び鈴が鳴った。誰?
玄関先で君島国子が派手に寝ていたーー
「ちょっとぉ、こんなところで寝たら風邪引きますよ~」
その瞬間、彼女が起き出して、義範に向かって一言・・・
「かわいいね、君」
そう言うと、また寝そべる彼女。
仕方がないので、部屋まで運んだ。
「お酒、ないの?」
「随分、飲んだみたいですね」
「飲んでないわよ」
「じゃあ、ここへは何しにーー」
「んー、なんだと思う?」
「PCの不具合の報告ですか?」
義範には分からなかったが、君島国子の持つ天真爛漫さが消えた。あくまでも義範には分からない程度で。
「あなたに逢いたかったのよ・・・」
あまりに唐突に唇を塞がれたので、何が起こったのか、義範には分からなかった。
自ら裸になっていく君島国子の大胆さに、うぶな義範はすっかり心を奪われてしまった・・・
翌朝ーー
起きたら国島君子はいなかった。
テーブルに書き置きが。
「先に会社に行ってるね♪」
いま、七時半ーーヤバい。急いで準備しないと。