表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

脳筋世界の魔法使い

作者: 水無月 黒

 今まさに、世界の命運を握る最後の戦いが行われていた。

 勇者と魔王、その一騎打ちによる最終決戦である。


「よくぞここまで来た、勇者よ! だがここまでだ。魂までも焼き尽くせ、ダークインフェルノ!」

「これしきの魔法が効くものか! フン!」

「何だと! 拳で魔法を弾き飛ばしたのか!?」


 勇者の非常識な行為に、魔王は動揺した。

 その一瞬の隙を突いて勇者が接近し、正面から魔王に組み付いた。


「捕まえたぞ、魔王! この距離では強力な攻撃魔法は使えまい!」

「くっ、だが勇者よ! お前とて聖剣を使えまい! ……と言うか、何でお前は聖剣を抜かないんだ!?」

「俺には剣など不要だからだ! そして俺はこの体勢からでも攻撃できるぞ。喰らえ! フロント・スープレックス!」

「グハァッ!」

「もういっちょ、ジャーマン・スープレックス!」

「ガハァッ!」

「次は、ロメロ・スペシャル!」

「グゥッ……何故だ! 強化魔法で筋力を上げているのに、動けぬ!」

「それがサブミッションだからさ! さらに、アトミックドロップ!」

「グギャァ!」

「止めだ! ブレーンバスター!」


 勇者の猛攻の前に、ついに魔王は倒れた。


「見事だ、勇者よ。だが、我は滅びぬ。千年後により強大になって復活しよう。お前のいない世界に、我を止める者はいまい!」

「だったら俺は、若者を育てよう。俺の技を全て伝え、千年かけてより進化した技を身に付けた新たな勇者が魔王を迎え撃つだろう。」


 こうして魔王は敗れ、世界に平和が訪れた。

 勇者は自らの言葉通り、人材の育成に取り組んだ。

 自らの持てる技術の全て、自分の行った鍛錬方法の全てを惜しげもなく公開し、強き者を育てる社会制度を構築して行った。

 全ては来るべき戦いに備えるため。


 そして、千年の月日が流れた。


◇◇◇


――フン、ハッ! フン、ハッ!


「そんなわけで復活した魔王との戦いが始まったんだが、肝心の勇者が現れない。色々調べて千年前に勇者を召喚した儀式が見つかって、再現してみたところ勇者殿が現れたのだ。」

「は、はあ。」


――フン、ハッ! フン、ハッ!


「まさか別の世界から召喚するとは思わなかった。迷惑をかけてすまないが、どうか我々と共に戦ってはくれないだろうか?」


 俺はある日突然異世界にやって来ていた。勇者として召喚されたのだという。

 そして今、目の前にいる王様だと名乗るおっさんから、魔王と戦ってくれと頼まれているところだ。

 いきなりなことで混乱しているが、俺が今一番気になることはただ一つ。


――フン、ハッ! フン、ハッ!


「聞きたいことは色々あるけど、最初にこれだけは教えてくれ。()()はいったい何なんだ?」


 俺は背後をちらりと見てそう言った。

 そこには半裸でマッチョなおっさんたちが、暑苦しい踊りを踊っている姿があった。


――フン、ハッ! フン、ハッ!


「ああ、あれが勇者召喚の儀式だ。三日三晩踊り続けるのだが、初めて十分で勇者殿が現れたからな。念のために最後まで続けるそうだ。」


 そういうことだったのか。

 いきなり変な踊りを踊る上半身裸のおっさん集団に囲まれていたから、本当に驚いた。

 なお、目の前の王様も後ろで踊っているおっさんの同類だった。

 背中にマントを羽織っているが上半身は裸で、筋肉ムッキムキである。腹筋割れている。

 背後で踊っている連中に交ざっても何の違和感もなかった。


――フン、ハッ! フン、ハッ!


「誠に勝手なお願いですが、どうか私達を助けてはくれないでしょうか?」


 王様の隣の王女様からも頼まれる。

 王様と本当の親子かと思うような美人さんだ。母親似なのかな?

 温暖な気候なのか、布地の少ない色っぽい衣装を着ている。

 それは良いのだが……良いのだが……


 マッチョなのである、王女様が。

 いや、肉体美溢れる素晴らしい身体だと思うよ。何処のアスリートかと思うくらい。

 でも、腹筋割れています。

 そんなところだけ父親に似てなくていいじゃないか!


――フン、ハッ! フン、ハッ!


 だが、後日俺はさらに衝撃の真実を知る。

 この世界に、マッチョでない人はほぼいない。

 千年前の勇者が鍛えまくった結果、老若男女を問わずみんなマッチョになってしまっていた。

 それどころか、美人の基準までが筋肉になっていた。


 豊かな(バスト)を押し上げるのは大胸筋。

 大きなお尻(ヒップ)は大殿筋。

 魅惑の太腿は大腿二頭筋。

 くびれたお腹(ウエスト)はシックスパック。

 チャームポイントは上腕二頭筋。

 魅惑のポーズはダブルバイセップス(男女共通)。


 こんな世界に誰がした!?

 千年前の勇者だよ! なんてことをしてくれたんだ!!


――フン、ハッ! フン、ハッ!


 勇者召喚の儀式は、この世界の人の中から勇者を見つけ出す儀式だと思っていたらしく、俺を元の世界に戻す方法は不明。

 魔王を倒せば帰れるかもしれないという一縷の望みと、魔王を倒せないと人類が危ないという話から協力することを決めた。

 三食筋トレプロテイン付きの勇者生活。

 ただ一つ、問題があった。

 俺のステータス、どう見ても魔法使いよりなんだけど!


――勇者

  HP(ヒットポイント)  100/100

  MP(マジックポイン)  12,000/12,000

  STR 10

  VIT 10

  AGI 30

  TEC 70

  MND 5,800

  魔法:

   全属性

  スキル:

   鑑定

   消費魔力低減

   魔力回復速度向上

   魔法威力向上


 スキルに鑑定があったので自分のステータスが見えたんだが、これ見て筋トレ始めようとするやつはいないよな、普通。


 だが、この世界は普通ではない!


 強くなる方法に筋肉以外の選択肢が無くなっているのだ。

 仕方なく俺もその訓練を受けているが、簡単に筋肉が付いたら苦労はしない。

 そう言えば、他の人のステータスはどうなっているのだろう?

 ちょっと見てみようか。


――国王

  MP(マッスルパワー)  250


 なにこれ!

 俺のステータスと全然違うんだけど!?

 いや、他人のステータスは一部の項目しか見えないというのなら分かるけど。

 MPがマジックポイントじゃなくて、マッスルパワーになっているのは何故?

 そもそも、マッスルパワーって何?

 STRかVITのこと?

 俺と一桁違うんだけど!?

……それは、なんか納得した。

 他の人も見てみよう。


――神官C

  MP(マッスルパワー)  260


 勇者召喚の儀式で踊っていた人、神官だったんだ。

 あんなにマッチョなのに……いや、この世界でマッチョでないのは幼児と病人くらいか。


――王女

  MP(マッスルパワー)  120


 お姫様もマッスルパワーだった! まあ予想はしていたけど。

 マッチョなおっさんよりも数値は低いけど、それでも百超えかぁ。

 物理で戦ったら、姫様にも瞬殺されされるな、俺。

 今から筋トレしても、この世界の人に追いつける気が全くしない。

 どうせならば魔法を習うべきなのだろうが……この世界には魔法使いがいない!

 ステータスにはMPマジックポインがあり、全属性の魔法が使えると表記されているから、魔法自体はあるはずなのだ。

 ただ、魔法は筋肉に負けて衰退したのだそうだ。

 何を言っているのだ、と思うかもしれないが俺もよく分からない。ただそう言うしかない出来事があったらしいのだ。


 千年前に魔法を操る魔王を勇者が肉弾戦で破った。

 その勇者の育てた者もまた強かった。

 並みいる強者を押しのけて、たちまちのうちに最強の一角にのし上がった。

 そのあまりの強さに、勇者以前からいた様々な流派の武芸者も勇者の教えを取り入れて行った。

 だが、その流れに乗れなかった者達がいた。魔法使いだ。

 勇者式肉体強化訓練はあらゆる武芸に応用できたが、魔法を強化することはできなかった。

 そして、勇者の弟子に挑んだ魔法使いは、ことごとく敗れ去った。

 魔法が筋肉に敗れたのだ。

 こうして、魔法は廃れ、世界はマッチョで溢れることになった。


 しかし困った。

 魔法を教えてくれる人がいないから、過去の文献でも探そうと思ったがなかなか見つからない。

 魔法が廃れたのは何百年も前のことだし、誰も関心を示さない魔法の資料を大事に整理して保管するようなことはない。

 まともに整理されてもいない古い文献を手に、俺は途方に暮れていた。


 そんな時に、一人の男が俺に近付いてきた。


 その男はこの世界では珍しく、細めの体型だった。

 まあ、この世界の他の人に比べてマッチョでないだけで、俺よりも筋肉が付いていたのだが。


「勇者様が魔法について調べていると聞きまして。これをどうぞ。」


 そう言って渡されたのが、一冊の本だった。


「私の祖先は魔法使いでした。筋肉が付き難い家系だったこともあって最後まで魔法に拘り、この魔導書を残しました。どうぞ、勇者様の役に立ててください。」


 こうして俺は、魔法の知識を手に入れた。


 そして、三ヶ月が経った。


 千年前の勇者の教えは優秀だったらしく、俺もこの三ヶ月でずいぶんと筋肉が付いた……気がする。

 今のステータスはこんな感じだ。


――勇者

  HP(ヒットポイント)  120/120

  MP(マジックポイン)  25,000/25,000

  STR 20

  VIT 20

  AGI 35

  TEC 80

  MND 8,200


 STRとVITが倍増! これが筋トレの成果だ!

 それでも姫様にも負ける雑魚だけど。

 何故かMP(マジックポイン)も倍増、ついでにMNDも大きく上がった。

 やはり俺は魔法使い向きの素質を持っているのだろう。

 多少筋肉を鍛えたところで役に立つとも思えない。

 魔法を使って戦うべきだろう。

 あれから俺は幾つもの魔法を習得した。

 筋肉を付けるよりはよほど簡単に覚えられた。

 もらった魔導書以外にも、千年前の魔王との戦いに関係した資料を探してみたら当時使われていた魔法の情報も多少見つけた。

 魔導書に書かれていた理論と、実際に使ってみた感触から魔法に対する理解も進んだ。

 おかげで使える魔法の数もどんどん増えている。


 ただ問題は、全ての魔法は筋肉に負けているってことだけどな!


 それはともかく、俺もいよいよ実戦に出ることになった。

 魔王との戦いは既に始まっている。

 魔王本人は確認されていないが、その配下が攻めてきているのだ。

 魔王の配下は、二種類いる。

 一つは魔獣と呼ばれるモンスターだ。

 魔獣とは、動物が魔力によって強化された存在だそうだ。

 野生の動物の多くは人間よりも強い。

 小動物であっても人には追い付けない素早さ持ち、噛みつかれれば怪我をすることも多い。

 大型の動物になると、人よりもはるかに強い力で、鋭い爪や牙など強力な武器を持つことも多い。

 そうした動物が魔力によってさらに強化され、中には魔法らしき能力を使う個体も存在するのが魔獣だ。

 普通の人間が太刀打ちできる相手ではない。

 普通の人間には無理だが、この世界の戦士は普通ではない。

 凄い勢いで走り回る狼のような魔獣を、走って追いついて捕まえる。

 大きな虎型の魔獣と正面から殴り合い、殴り倒す。

 立ち上がると三メートルはありそうな熊の魔獣とまともに取っ組み合い、投げ飛ばす。

 しかも、一対一で戦って、魔獣を圧倒している。

 何だか動物を虐待しているようで、魔獣が可哀そうになって来る。

 俺、必要ないよな。


「勇者様は、魔族の相手をお願いします。」


 あ、はい。

 魔族と言うのが魔王の配下のもう一つだ。

 人型で知能も人と変わらず言葉も話す。

 外見的には、肌が青みがかっていることと瞳の色が紫なこと以外は人間と変わらない。

 特徴は魔法が得意なことで、魔族と言う名前も魔法を使う種族というところからきているらしい。

 魔族の中で最強の魔法使いが魔王と言うことになる。

 魔族は不思議な種族で、魔王を倒すとどこかに去ってしまいこの千年間現れたことはなかったらしい。

 それが、魔王の復活と共に何処からともなく魔族も現れ、魔獣を従えて攻めてきたのだ。

 魔法が得意な魔族と、魔法特化型の勇者の戦いは、壮絶な魔法戦になるだろう。

 そう、思っていたのだが……


「フハハハハハハ! お前が勇者か!」


 現れた魔族は、マッチョだった。

 何でだよ!


「魔法で戦うのが魔族じゃなかったのかよ!」

「千年前の勇者に対抗するため、俺達は鍛えたのだ! 魔法なんぞ、捨てた。」

「捨てるなよ! 魔族のアイデンティティだろう!」


 どうなっているんだ、この世界は。

 勇者と戦った魔族まで脳筋になっているなんて。

 とりあえず、目の前の魔族を鑑定してみよう。


――四天王D

  MP(マッスルパワー)  180

  称号  四天王最弱


 やっぱりMP(マッスルパワー)だったか!

 それと、ただの魔族じゃなくて、四天王だったんだ。

 それにしても、弱い。お姫様よりちょっと強い程度で、王様にも負ける。

 四天王最弱の称号は伊達ではないということか。誰が付けたんだ、この称号?

 ただし、いくら四天王最弱でも、肉弾戦をやったら俺に勝ち目はない。

 いずれにしても、魔法で戦うしかないな!


「行くぞ、勇者!」


 向かってくる魔族に対して、俺は魔導書の魔法を発動する。


「喰らえ、重力魔法『グラビティプレッシャー』!」


 あの魔導書は、筋肉に駆逐されて行った魔法使いたちの最後の足掻き。

 筋肉に対抗するために開発された対筋肉魔法(アンチマッスルマジック)の集大成だった。

 重力魔法は、強い重力で相手の動きを制限し、自重を支えるだけで手一杯にしようという発想で作られた。

 筋肉は重いのだ。マッチョででかい奴ほど体重も重い。


「グッ、何だ、体か重い。」

「重力魔法でお前の体重を数倍にした。動けないだろう?」


 体の大きい者、重量級の装備を身に付けた者ほどその効果は大きい。

 だが、一つ気を付けなければならないことがある。


「へっ、それがどうした!」

――プッシュアップ! プッシュアップ! プッシュアップ!


 全ての魔法は筋肉に敗れ去ったのである。


「これくらいどおってことないさ!」

――シットアップ! シットアップ! シットアップ!


 強い重力と言えども所詮は力、筋力で対抗可能だった。


「オレはまだまだやれる!」

――スクワット! スクワット! スクワット!


 超重力にも適応してさらなる筋力を手に入れてしまうのだ。


「ハハハ、もう慣れたぜ。これで自由に動ける!」

――ジャンプ! ジャンプ! ジャンプ!


 今だ!


「反転! 『アンチグラビティ』!」

「なっ! ああああぁぁぁぁぁー」

――キラリン!


 魔族は星になった。


――脳筋は、強い重力場を与えると筋トレを始める。


 それが重力魔法の廃れたた理由だった。

 脳筋戦士を倒すぞと意気込んで試合に臨んだのに、相手は試合そっちのけでトレーニングを始めてしまう。

 そのあげく、「もっと強い重力を!」などと要求して来るのだ。嫌になるだろう。

 今回はその脳筋の習性を利用し、あえて高重力トレーニングさせたのだ。

 そして数倍の重力に適応したことを誇示するためにジャンプした瞬間を狙って重力の向きを反転させた。

 高重力に適応した脚力と、反転して空に向かって引き上げる重力が重なって、とんでもない勢いで吹っ飛んで行った。

 後は知らん。

 死んでないかもしれないが、当分戻ってこれないだろう。


◇◇◇


「アンタが勇者かい? 四天王を一人倒したそうだね。」


次に現れた魔族は、妖艶な雰囲気を漂わせる美女(この世界基準です。お察しください。)だった。


「けどアイツは四天王最弱。アタシを同じだと思わないことだね!」


 お約束のセリフ、いただきました。

 まずは鑑定してみよう。


――四天王C

  MP(マッスルパワー)  240

  状態  肩こり、冷え性

  称号  四天王紅一点


 うーん、MP(マッスルパワー)だけで判断するならまだ王様や神官の方が強い。

 それと、肩こりって状態異常なのか?

 まあ、それはともかく。とりあえずあの魔法を使ってみるか。


「電撃魔法、禁呪『ガルバーニ』!」


 放たれた電撃が魔族の女を直撃した!

 どれほど筋肉を鍛えたところで、筋肉を動かすのは神経だ。

 神経を通る電気信号が筋肉を動かす。

 だったら、外から電撃を加えて神経の信号を乱してやれば、どれほど強大な筋肉でも役に立たなくなるはず。

 それが電撃魔法『ガルバーニ』だった。

 ただし、この魔法もまた、筋肉に負けている。


「ハハハハハ、痛くも痒くもないねぇ。気持ちいいくらいだよ。」


 女魔族は余裕を見せた。

 全く効いていないわけではなく、よく見れば筋肉が痙攣するように細かく動く様子が見て取れる。

 だが、それだけだ。動きを阻害することすらできていない。

 どういう理屈か、電撃は筋肉の表面を流れ、奥深くまで浸透しないようなのだ。

 こうして、電撃魔法は筋肉に敗れ去った。魔法の敗北の歴史、その一ページである。

 だが、話はそこで終わらなかった。

 電撃魔法には予期せぬ副作用があったのだ。

 攻撃と呼べるほどの威力を出せなかった電撃は、それでも細かく筋肉を動かし、それがマッサージの効果を生んだ。

 それは固まった筋肉をもみほぐし、肩こりの解消、血行の促進、疲労の回復など、まるで低周波治療器のように作用した。

 特に当時は脳筋連中も試行錯誤をしていた過渡期で、筋肉を酷使して疲労を溜める者、筋肉痛で悩む者も多くいた。

 筋肉疲労を溜め込んだ脳筋に、電撃魔法は喜ばれた。

 もっと魔法を掛けろとせがまれた。

 希望者が多すぎて魔法の研究に支障が出るほどに流行った。

 あまりの事態に魔法使いは音を上げた。

 こうして電撃魔法『ガルバーニ』は禁呪となり、使用が禁止されることとなった。


「いや、なにこれ、本気で気持ちいいんですけど!?」


 一般に、男性ホルモンの影響で女性よりも男性の方が筋肉は付きやすい。

 そんな中、女性ながらに四天王に食い込んだ女魔族は、相当に無理を重ねて厳しい修行を積んだのだろう。

 そんな長年の疲労が溜まった筋肉に、電撃魔法のマッサージ効果が容赦なく襲う!


「ふにゃあ~……すやー……」


 肩こりも冷え性もすっかり解消された女魔族は、そのまま安らかな眠りに落ちた。


※四天王Cは簀巻きにされて、そのまま放置されました。


◇◇◇


「よくここまで来まシた、勇者よ。しかぁ~し、ワタクシをあの二人と同じと思わないことで~ス!」


 次に現れた魔族は、これまでに比べてややスリムだった。

 比較的と言うだけで、やっぱりマッチョだったが。


――四天王B

  MP(マッスルパワー)  350

  称号  スピードスター


 どうやら、スピード特化型らしい。

 魔法使いにとっては相性の悪い相手だ。

 どれほど強力な魔法でも当たらなければ意味がない。

 速すぎる相手に攻撃を当てるには、逃げ場のない範囲攻撃を行うか、罠でも仕掛けて足を止める必要がある。

 厄介な相手だった。

 厄介でない脳筋はいないけど。


「フハハハハハ、ワタクシの動きについてこれますかな?」


 そう言うと、魔族はもの凄い速度で移動して見せた。

 速い。

 目で追いきれない。

 瞬間移動かと思うような速度で、次々と位置を変えて行く。

 これは、範囲魔法でもとらえきれないかもしれない。

 こいつを相手にするには……


「それでは、行きますヨ!」


――ビュン!


 間近を何かが通り抜けた。

 音が後から追いかけてくるような速度。

 これはヤバい。

 たとえスピード特化でパワーは控えめだとしても、この速度でぶつかるだけで致命傷だ。

 風圧だけで体を持って行かれそうだった。


「よく避けましたネ。しかし、何時まで避け続けられますカ!?」


――ビュン!

――ビュン!

――ビュビュン!


 風切音が連続で響き渡る。

 そして……魔族は地平の彼方へと走り去って行った。


「ふう、どうにか上手くいったか。」


 俺が使用したのは、幻影魔法『イリュージョン』。

 魔族は俺の幻を追いかけて行ってしまったのだ。

 脳筋には効果が高そうな魔法だが、幻影であることがばれると、野生の勘的なもので破られてしまうらしい。

 ばれたら危なかったが、どうにかなってよかった。


◇◇◇


 次に現れた魔族は、巌のような大男だった。


「四天王の三人までを倒し、ついにここまで来たか。だが、ここは通さん!」


――四天王A

  MP(マッスルパワー)  480

  称号  超甘党


 最後の四天王も脳筋だった。どうなっているんだ、魔族?

 それと、称号もなんかおかしい。そこは「四天王最強」とかじゃないのか?


「行くぞ!」


 大男が、予想外の俊敏さで向かって来る。

 まずい、こいつは油断が無い!

 自分の力を誇示することなく、一気にこちらを潰す気だ。

 この相手には……


「『底なし沼(マッドプール)』! 『グラビティプレッシャー』!」


――ズシャァ!


 勢い良く魔族の男は地面に吸い込まれた。

 今使った『底なし沼(マッドプール)』は水と土の複合魔法で、地面を柔らかい泥にしてしまう。

 その柔らかくなった泥に、『グラビティプレッシャー』で魔族を押し込んだのだ。

 柔らかい泥沼に首まで使ってしまえば身動きは取れなくなる。

 どれほど力が強くても、柔らかく手応えの無い泥が相手では意味がない。

 身動きが取れない……はずなんだけど、何故かじりじりと移動して行って抜け出そうとしている。

 これが脳筋の怖いところだ。気楽に常識を超えて来る。

 このままだと魔法の効果範囲の外に抜け出されてしまいそうなので、次の手を打つ。


「『硬化』!」


 泥と化していた地面が、今度はコンクリートのように固くなる。


「ぬう、動けぬ。」


 一箇所二箇所を拘束したのではない、首の下全てを固めてしまったのだ。簡単には動けるはずがない。


「だが、この程度でいつまでも動きを止めていられると思うな!」


――ミシリ!


 コンクリート並みの硬さを持つ地面が、軋みを上げる。確かに長くは持ちそうにない。

 だから、その前に俺は地面から生えている魔族の生首に近付いて行った。

 そして、懐から透明な液体の入った小瓶を取り出す。


「な、何だそれは!?」


 さすがに不気味なものを感じたのか、やや焦ったような口調で聞いてくる魔族。


「これは、魔法で抽出したトウガラシの辛み成分、カプサイシンの溶液。」


 真っ赤な液体だったら辛そうに見えるのだが、純粋なカプサイシンの結晶は透明だったりする。

 脂溶性のカプサイシンは水にはほとんど解けないので今回はアルコールに溶かして液体にしてある。


「ま、待て、それをどうするつもりだ!? よせ、止めろー!」


 俺は容赦なく、カプサイシン溶液を魔族の口に突っ込んだ。


「うぎぁああ#$%&※¥~!!!!」


 筋肉に負け続けた魔法使いは、なりふり構わなくなったらしい。

 攻撃魔法が効かないのなら、攻撃に使える物を魔法で生み出せばよい。

 そう思ったのか、魔導書の後半には変なものを作り出す魔法が色々と書かれていた。

 カプサイシンの抽出なんてものまであるあたり、かなりヤケクソだったのではないかと思う。


 白目をむいて気絶している生首を残し、俺は先に進んだ。


◇◇◇


「ついにここまで来たか、勇者よ!」


 ついにここまで来てしまったよ。


――魔王

  MP(マッスルパワー)  1030

  称号  魔族を超えし者


 ラスボス、魔王。俺はこいつを倒すために召喚された。

 だが、ひとこと言わせてくれ。


「魔王よ、お前もか!『ダークインフェルノ』!」

「そんなものが効くか! ハァッ!」


 俺の放った『ダークインフェルノ』を、魔王は拳で弾き飛ばした。

 そんなものって、元々はお前の使っていた魔法だろうが!


「ふっ、まるで千年前の戦いの再現だな。立場は逆だが。」

「そもそも何で魔族が魔法を捨てて筋肉に走っているんだよ!」

「むろん勝つためだ。千年前に勇者に負けた時、その強さを取り入れることにしたのだ。かつて人間が我ら魔族から魔法を取り込んだように!」


 千年前の勇者は、どこまでこの世界に影響を残しているんだ!


「千年前のような勇者と戦ってみたかったが仕方あるまい。それに、魔法使いとは言え勇者だ、全力で行かせてもらおう!」


 まずいな、普通に戦ったら千年前の魔王と同じ感じでやられてしまう。

 魔王の強さは群を抜いているから、四天王に使った手は通用しないだろうし。

 それに、受けに回ったら一瞬で終わる。こちらから攻めなければ。


「となると、あの魔法を使うしかないか。」

「ほう、この期に及んで我に魔法で対抗するか。」

「ああ、これは筋肉に負け続けた魔法使いの最後の足掻き。喰らえ、禁呪『筋肉大増殖(マッスルインフレーション)』!」


 禁呪『筋肉大増殖(マッスルインフレーション)』。

 それは、筋肉に対抗するために作られた究極の補助魔法。

 一時的に筋肉を増大させ、脳筋に比肩しうる筋肉を手に入れようと言う魔法だ。

 もう、「普通に筋肉鍛えたら?」と言われてしまう、言ってみれば魔法の敗北宣言。


「……その魔法を、なぜ我にかける?」

「それが、失敗魔法だからだ。」


 目の前には、全身の筋肉を肥大させて、一回り大きくなったように見える魔王がいた。

 この魔法は、筋肉の出力を増やす従来の強化魔法と異なり、筋肉の量そのものを増大させる。

 強化されるパワーは従来の魔法の比ではなかった。


「失敗だと? バカを言うな。感じるぞ、限界を超えた筋力を! 今の我に不可能はない!」

「使いこなせればの話だがな。この魔法を開発した魔法使いは使いこなせずに自滅した。」

「フ、勇者に再戦するために鍛え続けてきたのだぞ。我に使いこなせない筋肉など無い!」

「ならば試してみるといい。その筋肉を使いこなせればお前の勝ちだ。」

「言われるまでもない。行くぞ!」


 魔王は力強く一歩を踏み出し、そこで止まった。


「あ痛たたたたた、何だ、この痛みは!」

「ふくらはぎが痙攣しているな、こむら返りだ。」


 魔王は、足を()()()のだ。


「こむら、返りだと! そんなバカなぁ痛たたた……」


 魔王は涙目だ。


「言っただろ、使いこなせなかったって。それは自分で鍛えた筋肉じゃないから、過剰に力が入ってしまうらしい。」


――バタン!


 こらえきれずに魔王が倒れた。

 それが悲劇の始まりだった。

 体を支えようとして腕に力を籠めれば腕の筋肉が痙攣を始め、体を起こそうとすれば腹筋がつった。

 つった痛みに思わず力を籠めればさらに痛みがまし、それをどうにかしようと体を動かせばさらに別の筋肉が痙攣を始めるという悪循環。


「試した魔法使いは、全身の筋肉がつって、治まった後にも数日間筋肉痛に悩まされたらしいが……」


 それは元々筋肉に自信の無い魔法使いが行った場合の結果である。

 極限まで筋肉を鍛えた魔王ではどうなるか?


――メキメキ! バギバキ! プッツン!


 何かがきしむ音がした。

 どこかの骨が折れる音がした。

 どこかの腱が切れる音がした。

 強すぎる筋肉の力に、肉体が持たなかったのだ。


 こうして魔王は滅びた。

 魔族は去り、世界に平和が戻った。


 次に魔王が復活する時には、また魔法を使うようになるのだろうか?


――フン、ハッ! フン、ハッ!


「魔法で筋肉を増大させられても耐えられるように鍛えるぞ!」


……やっぱり脳筋のままな気がする。


私は腹筋を()()()ことがあります。

「たまには体を鍛えてみようか」と思い付き、慣れない腹筋運動を始めたのが運の尽き。

見事に腹筋が痙攣を始めました。地獄の苦しみを味わいました。

スクワットにしておけばよかった!

()()()時の治し方はどこの筋肉でも同じで、力を抜いて、痙攣する筋肉を外からの力で伸ばしてやれば治ります。

こむら返りならば、足の小指を伸ばすようにして手前に引っ張ればだいたい治ります。アキレス腱を伸ばす運動の要領でふくらはぎの筋肉も伸びます。

腹筋の場合でも同じ方法で治るはずですが、日常的に腹筋を伸ばす運動を行っている人はあまりいないでしょう。

それに、体を動かすとついつい腹筋に力が入って痛いし。

仕方がないので、仰向けになった状態で腹式呼吸でお腹に空気を入れ、内側から膨らますようにして腹筋を伸ばしました。

一応、これで治りました。

同じ状況になったら試してみてください。効果は……保証はできませんけれど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ