ブービートラップ・彼方からの手紙
毒で書き砂糖に漬けし文字の波 足元掬うは砂か油断か(5・7・5・7・7)
「親愛なるルーシー
久しぶりのお手紙、嬉しいわ。最後に会えたのはまだ、応接室のペチカよりも背が低かった頃だわ。
あなたはまだ赤いほっぺの、丸い顔の、田舎くさい感じのかわいい子ブタちゃんなのかしら。あら、いやだ。口が悪いと思わないでね! つい昔を思い出して、昔のままに言っちゃったわ。
だって、あなたは私のことを『なんでもハッキリ言ってくれる、頼もしいおねえちゃん』だって慕ってくれたものね。
あなたの屋敷から遣いが来たのよ。今、お父様とお話をしてらっしゃるわ。何の話なのかしらね。
私にもお手紙があるなんて、思いもしなかったわ。一緒に遊んだ子供の頃を、とても懐かしく思い出したの。
あなたは元気でやっているかしら、かわいい子ブタちゃんのルーシー。田舎の屋敷に引っ込んで、のびのび暮らしているのでしょうね。
田舎はいいでしょう? 牧歌的で、ゆっくりしてて。あなたにはとても似合いそうだもの。
私は毎日忙しいわ。毎日、パーティばっかりよ。でもお陰で、素敵な出会いもあったの。
私、そろそろ結婚するのよ。来年の夏にね! どんなドレスにしようか、今から楽しみだわ! その時には招待状を送るわ。ミサンドラ伯とご一緒においでなさいな。
それで、お手紙のことだけど。
奇妙なことを聞いてくるわね、と思ったのよ。
『マリク・レズンズ伯爵という殿方について、何かご存じかしら』ですって。
いいえ、質問がではないのよ。私、彼をよく知っているのよ! 奇妙な縁だなって思ったの。あなたが彼のことを聞いてくるなんてね!
彼は、そうね、顔だけは悪くなかったわね。
でも、それだけ。もっとカッコいい人はいっぱいいた。私の婚約者のルクタン・リノイ侯爵ですとかね。
リノイ侯爵はとても洒落者で、家柄も申し分ないし、素敵なの。
彼がマリクに、『アレキサンドリアはもう私の婚約者だ、なれなれしく話しかけないでもらおう』なんて言った時は、本当に嬉しくて、胸がドキドキしたわ。
ええ。そうなの。
マリク・レズンズは私の婚約者だったのよ。今は違うけれど。
彼、つまらなくて。私には不釣り合いでしょう? 面白味がなくて、退屈なの。
私のやる事にまでお小言を言い出して。信じられないわ。
だから婚約を解消したの。スッキリしたわ。私にはルクタンがいるし、おかげで来年には侯爵夫人よ。
彼、そっちの社交界に逃げたのね。いいんじゃないかしら。彼も田舎がお似合いだと思うわ。一日中働いて、安いエールでも飲んで、畑のキャベツの出来を話題に女を口説くんでしょう? ぴったりじゃない。
彼に伝えてちょうだい。ここにはもうあなたの席はないから帰ってこなくていいわ、キャベツの栽培、頑張ってね、ってね!
あなたの従姉
アレキサンドリア・パーカスティ……未来のアレキサンドリア・リノイ侯爵夫人」
「親愛なるアレキサンドリア
お返事ありがとう。あなたも元気そうね、よかったわ。
ええ、あなたは『なんでもハッキリ言ってくれる、頼もしいおねえちゃん』だわ、今もね! 変わりないようで、嬉しいわ。私も昔を思い出しちゃった。
快活なアレキサンドリア、あなたはさぞかし綺麗になったでしょうね。
昔から綺麗で、私にもせっせと綺麗になる秘訣を教えてくれたけど、私はなかなかうまくいかなかった。今も、ほっぺは赤いし、垢ぬけてはいないわ。ここでは最新のモードも入ってこないものね。
覚えているわ、頭に本を乗せてウォーキングの練習をして、私、あなたにハタキでお尻をピシピシ叩かれたけれど、ちっとも上手く歩けなかったわね。確かに、あの頃の私は太っていたし、今も、そうね、健康的と言って差し支えないくらいだわ。
アレキサンドリア、あの頃からあなたは私の憧れのレディだった。
なかなか、あなたのようにはいかないものだわ。
確かに私には田舎がお似合いなのよ。ここだと多少、すましこんでなくても誰も咎めないの。
堅苦しくないことは間違いないわね。だって、道行く農夫が私に挨拶するのよ、『お嬢さん、お出かけかい? 今朝はうちの小屋で、卵が七つも採れたんだ。後でお屋敷に納めにいくだでな』なんてね。だから私も返事をするの、『まあ、コリーさんありがとね』ってね。
首都では考えられないでしょう? 可笑しいかしら。でも、楽しいのよ。
そう、マリク・レズンズと婚約してたのね。
彼は確かに、今こちらの社交場に顔を出しているわ。首都下がりをしたと言うから、何だろうと思ったの。そんなことがあったなんて。
婚約のお相手にフられてしまったとも教えてもらったわ。婚約していたのに袖にしてしまうなんて、勇気のあるレディもいるものだと思ったけれど。でも、アレキサンドリアなら納得だわ。
それにしても、よくわかったわね。マリクは菜園をはじめたの。ただ、キャベツじゃなくてチシャだけれど。
最後になったけれど、婚約おめでとう。侯爵夫人なんて、とても素敵だわ。想像もつかない贅沢な暮らしができるんでしょうね。
もちろん、式には出席するわ。楽しみにしている。
あなたの従妹
ルーシー・ミサンドラ」
「親愛なるルーシー
ええ、ありがとう。幸せになるわ。
ルクタンはとてもお金持ちなのよ。いろんな贅沢品をお土産に、うちを訪れてくれるの。
外国の職人が作った扇だとか、珍しい鳥の羽飾りだとか、首都でもなかなか見ないわ。
貰った香水瓶はこれで三つ目だから、一つはルーシーにあげるわね。これで少しは女を磨いてちょうだい。
それにしてもあなたのお手紙、本当に楽しいわねぇ。
レディが農民に声をかけられるなんて、随分だわ。あなた、農夫と同じ格好でウロついているんじゃないでしょうね。そうなら香水瓶ひとつじゃとてもレディには追い付かないでしょ。また前のように、私が教育しなきゃいけないわね!
そしてマリクったら。冗談で言ったのに本当に土いじりなんかやっていたのね。可笑しいったらないわ。
似合ってるんじゃなくて? 庭師みたいなエプロンに麦わら帽子で、ハサミを持つの。伯爵ファームとして人気が出るんじゃないかしら。
それに、フられたですって。そんなこと言ってるの?
浮気した、って言わなきゃいけないところなのに。他の女を気にかけたから、婚約を解消されました、って。困った人。
次にパーティで会ったら、せいぜい嘲笑っておやりなさいな。
あれだけ人前で恥をかいたのに、まだアレキサンドリアを忘れられないのね、哀れな人。
あの人はもう侯爵夫人なんだから、どんなに想っても無駄なのよ、ってね。
よろしく頼むわね。
あなたの従姉
今は、まだアレキサンドリア・パーカスティ」
「親愛なるアレキサンドリア
綺麗な香水瓶ありがとう。
とっても素敵だわ。なんて繊細な細工なんでしょう。それにこの色。こんなもの見たことがないわ。大事にする。
驚いたわ。マリク・レズンズは浮気していたの?
婚約者がいるのに? 好かれていたのではなかったの? お相手はどんなに綺麗な人なの? 今はその方、どうなさっているのかしら。
アレキサンドリアを置いて他好きするなんて、その方、よっぽど素敵な姫君だったのかしら……
取り急ぎ
ルーシー・ミサンドラ」
「親愛なるルーシー
私、昨日はリノイ侯爵家にお呼ばれしたのよ。
センスのいい豪邸だったわ。メイドも多くて、躾も行き届いている。さすがだわ。
屋敷を見て、ご馳走をいただいてきたの。朝獲れのお魚を早馬に運ばせたものだとか、季節外れにもかかわらず見事な葉物をふんだんにつかったサラダだとか。
この贅沢な生活が私のものになると思うと、夢のようよ。
それにしても。
急に頻繁に手紙をよこすようになったりして、なんだか必死ねぇ。
もしかしてあの朴念仁に言い寄られたりしているの? あら、いいじゃない田舎者同士、そうね、きっとルーシーとならお似合いだわ。
私以上のレディなんて、そうそういるわけないわ。そんなのは少なくとも、王宮に行かなきゃダメよ。
浮気はでっちあげよ。どこかのお嬢さんが具合が悪くなったとき、マリクが親切にも介抱してくれたから、浮気の現場として乗り込んだ私がショックを受けてみせたのよ。我ながら、なかなかいい演技だったわ。女は、どこにでもいる、普通の女だったわよ。
始めは誤解だとか言ってたけど、あなたのことが信じられないって大勢の見ている前で泣いて嫌がったら、そりゃあ最終的に婚約解消を飲むしかないでしょう? でも彼って強がっちゃって、辛いのに私のためにとか言っていたわ。そうね、マリクってば、私のことが好きだったものね。
可哀そうなマリク。でも仕方ないじゃない。
相手は侯爵様よ。どっちと結婚した方がいいかなんて、わかりきったことでしょう? だから私がフったの。邪魔だったから捨てたのよ。当然。
それでも愛されるって、心地いいことだわ。女に生まれて良かったって思える。
あなたにわかるかしら、この気持ち。
今なら侯爵夫人への道を開いてくれたマリクに感謝したいくらいだわ。良かったら、あなた拾ってあげれば? 彼ならせっせと田舎で農業に励むでしょうし。
追伸・この話は当然、誰にも言わないでね。
なんなら、「プリンセス・ラプンツェル」の苗もつけてあげる。農作業するなら欲しいんじゃないの?
ものすごい高級食材よ。食べたことないでしょ。リノイ侯爵に貰ったの。感謝してね。
あなたの従姉
アレキサンドリア・パーカスティ」
「親愛なるアレキサンドリア
ああ、アレキサンドリア。
ありがとう。その言葉を聞きたかったの。
ええ、実はそうなの。初めからそうだったわ。マリク・レズンズと一緒になりたかったんだけど、彼は首都での出来事が気になっているみたいだったの。
それで何があったのか探ってみたんだけれど、アレキサンドリアが快く祝福してくれるんなら、本当に良かった。
彼はすごいのよ。勉強家で真面目で、土質の管理をしたり、品種改良したり。このあたり一帯の生産高を、一気に押し上げちゃったの。
そう、これよ。「プリンセス・ラプンツェル」……これも彼が開発したの。栽培の難しかった野チシャを特殊な方法で季節問わず出荷することができるようにしたのよ。あちこちの王族に、飛ぶように売れているわ。ものすごい高値だとも聞いている。そっちの気候じゃ栽培が難しいらしいわね。
彼が来て、この土地は変わったわ。とても活気に満ちて、栄えているの。人も増えて物流も増えた。王様にもお目をかけられて、彼、今や宮廷の相談役なのよ。
私は彼を支えていきたい。
彼は私を、素晴らしい女性だって言ってくれたわ。素直さがいいんですって。恥ずかしいけれど、私も真っ黒になって土いじりしたお陰かしら。
私、マリクと結婚するわ。今年中には式を挙げる予定なの。
うちからの使者は、私とマリクとの結婚を報告するものだったのよ。彼との確執も知ってしまったら、やっぱり……一応、双家のために確認を、ね。
あなたが諾と言ってくれて良かったわ、アレキサンドリア。
私も幸せになるわね。ありがとう。
あなたの従妹
ルーシー・ミサンドラ
追伸・もちろん、誰にも言わないわ」
「ルーシーへ
ふざけるなバカ! 何してんのよどこがよどこが内緒なのよ思いっきりバラしてんじゃない うちに来たのよどうしてくれるのアイツ弁gし送ったとかふざけてんの!?
バカ! ブタ! デブ! アンタ私のことバカにしtnuえアイツと一緒に笑ってるんでしょ全部パァよ(乱れた字で見えない)
何よなんなのよ 何がしたいのよどうしてほしいの 復讐なのもうふz(インク跡で見えない) 今更でしょう! aーーーーーーーーーーーーーーーー(インクがスプラッシュして見にくい)
なんでよ!! 私わるくないでしょ何でるkたんに捨てられなきゃなんないのよもうブター! ブタブタブタブヒブヒブ(インク跡で見えない)(紙に穴が空いて見えない)
(整った字で)アンタ、バカでしょ。手紙とかそこらに放り出しておくものじゃないでしょ。すぐ仕舞いなさいよ。広げて置いてたら誰でも見られるでしょうバカ。
さぞや愉快でしょうね。今頃祝杯上げてるのかしら。性格の曲がった二人だわ、アナタたち本当にお似合いね!
マリクもマリクだわ、浮気者。アンタなんかに靡くなんて。覚えてなさい、私が逆に訴えてやるわ。私のことが好きなのに、他の女と結婚するつもりだって。アンタも一緒に訴えてやるこの(伏せさせていただきます)。後で泣いても知らないから!
アレキサンドリア・パーカスティ
途中より代筆 カストール・イロイ(教育係)
以下、記載 カストール・イロイ
僭越ながら、ご説明させていただきます。
お嬢様の企みについて、ルーシー様は誰にも言わないと答えたそうですが、不用意に出されていた手紙をたまたま見かけたらしいマリク・レズンズ伯には、そのつもりはなかったようでございますね。確かに、止められたわけでもなし、そんな義理もないでしょう。
リノイ侯爵のところに、レズンズ家から弁護士が見えられたそうでございます。
『ルーシー様への手紙より、我が不名誉は濡れ衣であると真実を知った。
こちらとしてはパーカスティ家を訴えるつもりはない、穏便に済ませたい。ただ、かような出来事があったので、今後、首都での営業に差し支えがあるかもしれない。
美味なる食材のスムーズな流通のため、侯爵家および他の上流階級の皆様方には、どうぞよしなに』
……との申し入れがあったそうでございます。
ただ営業活動に来ただけだという体で帰っていったそうでございますが、その後、リノイ侯爵がどんな判断をしたのかお判りになりましょう。
先ほど、リノイ侯爵家から使者が参られました。お嬢様との婚約を白紙に戻すというお達しでした。
今、お嬢様はヒステリーを起こし暴れておいでです。私も飛んできたインク壺を額に受け、ブルーの雫を滴らせている状態でございます。
お嬢様のお気持ちを想えば、痛ましくて怒る気にはなれません。
しかし、お嬢様のしでかしたことで、同じく受けたマリク・レズンズ伯爵の傷を考えると……
一使用人には、これ以上は書けません。
今は人として、最低限の言葉でこの手紙を締めることをお許しください。
ルーシー・ミサンドラ様
ご成婚、おめでとうございます」