◇ 懐古
私は久しぶりの魔王城の中を歩く。
守衛にはキャラヴェルが来たと魔王様に伝えろとだけいい、勝手に中に入っていく。
「変わっとらんな。まぁ、それはそうだ。この魔王城は魔王の権限がないと不自由が多すぎるからな」
「ですね。入れる部屋も限られるはずです」
「我は逃げた先で封印された……。魔王の権力譲渡などしとらんからな。今の魔王城は不自由が多かろう」
この魔王城は魔王様ありきの城だ。
魔王様がいないと魔王の間、財宝部屋などには入れない。魔王様が直接かけた強力なロック魔法がかかっているからだ。
魔王様が本気でかけた魔法は永い時を経ても綻びることはないだろう。魔王の強さを少し垣間見れる魔法でもある。
「……ガントルやミリア、ノエルは魔族を見ても差別などしなかったな」
「そうですね」
「ああいう人間が……我が戦っていた当時にでも沢山いれば……分かち合う未来はあったはずなのにな」
「そうですね……。分かち合う未来がないとは言い切れません」
魔王様は時折、悲しげな表情をなさる。
きっと、人間と戦った後悔もまだ引きずっているんだろう。
「私も、ああいう人たちが増えたらいいなとは思いますよ。あの方達は野心はありますが、健全ですから」
「そうだな。強い絆がある。繋がりが強すぎるな。お前には眩しいか?」
「そうですね。ちょっとだけ眩しいです」
思い出すのは私が人間だった時のこと。
私の追憶はどうでもいいのだ。
「懐かしきこの城に戻ってきてから、少し昔のことを思い出してしまうな。いかんいかん。感傷的になっては息子にカッコつかんぞ」
「感傷的になる魔王様の方が珍しいですが」
「なんだと? ……まぁよいわ。それより、だ。誰かに見られているのはわかるな?」
「ええ。歓迎されておりませんね」
「今の魔王の統制、見てやろうではないか。我が息子の奮闘する姿を共に拝もう」
と、魔王様は黒剣を取り出した。
まさか戦うおつもりか? まぁ、たしかに相手は私たちという侵入者を排除しようとしている動きをしている。
伝わってないようだ。キャラヴェルが来たとだけ伝えろも言ったのに。
「侵入者ども! そこを動くな! 動いたらこの魔王軍四天王が一人、闇の魔導士アズカルヴァンが直々に粛清いたす!」
「四天王……。奇遇ですね。私もなんですよ。魔王様、雑魚をお任せしてもよろしいでしょうか」
「わかった。今の四天王と昔の四天王、どちらが強いか見守ってやろう。マグヴェル。復活したからという言い訳は無しだ」
「逃げ道潰してきますね。いいでしょう」
負けた時の言い訳は魔王様に潰された。
となれば残された道は一つ。勝つしかない。私は魔法を展開する。
今のご時世、魔族が暴れたという話は聞かない。どこを襲ったという話すら耳に入ってこない。
となると、魔族はもう戦ってはいない。
戦いもしなければ、戦闘の技術は廃れていく。使われもしない技術はどんどん無くなっていくものだ。
「闘いを忘れた今の魔族になんか負けませんよ」
「なんだ、その魔法陣の数は……」
「魔王城の一部が吹っ飛ぶかもしれませんが、容赦しませんよ!」
「安心しろ。我が家は我が全力で守る」
「ならぶっ放しても安心ですね」
私は数々の魔法を現在の四天王、アズカルヴァンにお見舞いした。
死なない程度にしてあげたのだが、アズカルヴァンは瀕死状態となる。これほどの魔法を耐えれないとは。勇者を相手していた時代の方がまだ強かった。
「さて、と。これで敵はいなくなりましたね。今の魔王様はどこにいらっしゃるのでしょうか」
「こっちだ。息子だからな。血の繋がりでわかる」
「そういうもんですか?」
「仮にも母親なのだ。息子の場所くらい把握してないでどうする」
「……絶対血とかではないですよね?」
「……息子の魔力を感じるのだ」
「やっぱり」
実は私は魔王様に息子がいることは知っていたが会ったことはない。
どんなお方なのだろう。魔王島に似て自由奔放でなければ良いのですがと不安を抱えながら魔王様についていく。
「よう、最愛なる我が息子よ。会いにきて……」
「なぜ我が魔王領内に人間を入れている! 今すぐ追い出すか殺してしまえ! この魔王領が穢らわしい人間なんぞに汚されてしまう……!」
と、何か指示を出している最中だ。
この男が魔王様の息子。さっきの言動を見るに相当な人間嫌いのように思える。
「誰だ貴様は」
「親に対してそんな口使いとはなっとらんな」
「親? 俺に親なんていねえ。侵入者を今すぐ摘み出せ! こいつも人間の仲間かもしれん! 魔族のくせに人間に寝返った愚か者だ!」
「…………」
私は魔王様の方を向く。
魔王様はひどくご立腹だ。
「魔王様……どうなさるおつもりで?」
「マグヴェル。お前に息子や娘がいたとして、お前に対して殴りかかってきたらどうする?」
「それは……実力で黙らせますが」
「そうだ。今の状況は?」
「えぇと、魔王様の息子が母親を侮辱したということでしょうか」
「そこまでわかっているのならやることはわかるだろう」
魔王様は躾なさるようだ。
魔王様の闇の魔力が溢れ出す。魔王様にしか扱えぬ闇の魔力。魔物である私など強化される魔力だ。
少し力が溢れ出てくる。だが、この魔力は酷く凶暴であるため、私もこの魔力を受けると自我を保つことでやっとになる。
「なんだこの感じたことのない魔力は……」
「我が息子にして闇の魔力も扱えぬとは……。とんだ腑抜けだ」
魔王様は息子の背後に回り込み、思い切り地面に叩きつけた。
闇の魔力でがっちり押さえつけ、そのまま暴力的な闇の魔力をぶつけている。
「ま、魔王様から離れ……うがぁあああああ!」
「くそ、身体が制御できん……! 暴れたい衝動に駆られてしまう!」
「魔王様の全力はこの程度ではないのにこの程度で自我を失ってしまうほど、今の魔王軍は弱体化しておりますね……」
「そういうお前もやっとだろうが」
「復活したてでこんな魔力を浴びたら自我を保つのもやっとです。と、それより! エレキ様が危ないでしょう! エレキ様、魔王様のこの魔力知りませんよ!?」
「……あ」
エレキ様が暴走してなければいいが……。暴走したらアレを誰が止めるのだ。




