強くなりたい
眠たい午後の昼下がり。
驚くほど暇なモルガド伯爵邸の目の前に馬車が止まる。降りてきたのは騎士団長だった。
「おぉ、エレキ殿! 私の蘇生、感謝する!」
「ん」
「キース様はおるか?」
「いますよ〜。執務室で忙しくしてます」
「そうか! 忙しくしてるのなら謝辞は後回しの方が良いか!」
お礼言いにきたの? まぁ、礼儀だもんな……。
私は欠伸をしながら対応していると家の中から委員長と大地さんがスマホを片手に出てきていた。
手には銃のようなものを持ってる。
「……なんだそれ」
「エアガンです。護身用にと……」
「見たことのないものだな? それは武器なのか?」
「殺傷能力はないですけど、痛いですよ。受けてみます?」
「ああ! 来い!」
騎士団長は構える。
委員長はエアガンを構え、BB弾を放った。BB弾は騎士団長の頬に当たる。
「いたっ! 痛いな! だが、これで追い払えるか?」
「最低限の護身用なんですが……。やはり魔物とかには効きませんよね」
「その程度の威力では無理だろうな。人間である私ならともかく、エレキのような魔物は無理だろう」
「そうなんですか……」
「って私めがけて撃つなよ。目に当たったらどうすんだ」
エアガンを人に向けて撃ってはいけません。
「やっぱこれじゃ威力低いかー。本物の銃のほうがいいかな」
「でも作り方とか知らないよ……?」
「僕は知ってるが……。火薬類の扱いは素人はやんないほうがいいな」
「火薬……? 火薬とはなんだ?」
「あ、えっと……」
「君らは異世界の者だったな。異世界のものなのか?」
「そ、そうです。危険なんですけど、うちらの国じゃ戦いの時にというか、戦争の時とか、花火とかによく使われてて……」
「ふむ、危険な代物のようだ」
この世界には火薬はないのか。
たしかに剣などの武器は見ても火縄銃とか銃は見たことがないな。
もしかすると火薬はこの世界では作れない物質なのかもしれないね。
「ふむ……。火薬とか何かは知らぬが……。貴殿らはもしかして、強くなりたいのか?」
「えっ?」
「……はい。僕は強くなりたいです。この世界で自分の身を守れるくらいには」
「私も……」
「そうか。なら……私が戦いを教えてやろうか? 今は療養中の身で暇なのでな。キース様の許可さえ取れれば私が剣術くらいは叩き込める」
「い、いいんですか?」
「ああ。人は助け合いだ。君らが困っているのなら私が助けよう。君らも困っている人がいたら助けるのだぞ」
「は、はい!」
「許可をもらってきます!」
大地さんはキースさんの元に向かっていった。
騎士団長はやはり貴族にしては珍しく聖人君主。ここまでまっすぐな人は地球でも見たことがない。
「優しいですね」
「そうではないさ。異世界から突然連れて来られて不安だろう。もう数ヶ月経ったといえど……。まだ彼らには不安が見える。不安な人を見るのは私が嫌なのだ」
「エゴイズムだと言い張るのは無理がありますよ」
「そうか? そう見えるのなら構わないさ。見方は人それぞれだからな」
この人、ものすごいまっすぐだ。
やっぱこの人は信頼できるなぁ。
「あれ、エレキちゃん、誰その人〜!」
「アンズ」
「アンズ? 誰ですか? また新たな家族で……エル、フ?」
庭を散歩していたアンズがやってきた。
アンズは元気よく手を振るが、騎士団長は驚いて固まっている。
「エルフがなぜここに……」
「あー、私が連れてきたの。あまり言わないでくださいね。エルフがいるというのがバレたら面倒なので」
「りょ、了解だ」
「初めまして! 私はエルフの……に、人間のアンズです!」
「アンズ、もうその耳でバレてるぞ」
「だよね〜! 無理やり誤魔化せないかなって思ったけど無理でした!」
「騎士団長……ヴィネガー・ノートルと申します。アンズ殿。以後お見知り置きを」
「この騎士団長様はいい人だから安心していいよ」
「だねぇ〜! 精霊もめっちゃ寄り添ってるし、根本からいい人なのが伝わってくるよ! やっぱ人間にもこんないい人がいるんだね!」
「こんなのはごく一部だからあまり人間を信頼するなよ」
「はーい!」
アンズは騎士団長の手を握りよろしくと挨拶していた。
「困ったことがあればいつでも私のところに来るがいいですぞ! エルフは珍しいですからな。キース様のようなお方ならまだよいが、他の貴族は利用するかもしれんから……。周りにはぜひお気をつけて」
「うん。わかってるよ〜」
話していると二人が戻ってきた。
「キース様から許可をもらってまいりました。ぜひ、ご指導ご鞭撻のほどを……」
「あいやわかった! だが……。騎士は男の職業であるからな。女である大地殿には少し厳しいかと……」
「えぇ!? いまさら私拒否されるのですか!?」
「すまぬ……」
「ならダイチは魔法使ってみない!? 私教えるよ!」
「えっ、私使えるんですか? えっと、異世界から来たって話はしましたよね? ミリアさんから魔力を感じないと聞いたのですが……」
「大丈夫! 魔力はきちんとあるよ! ただ、なぜかダイチだけに魔力を感じるんだけどね。なんでだろーね」
そうなの?
とりあえず魔力を解放させてあげようと言って、アンズはミリアたちと同じように背中に手を突っ込んで、そして、脇腹あたりを強く押した。
大地さんは少し痛そうにもがいていたが。
「えっ、な、なんか不思議な力を感じます?」
「それが魔力だよ! でもなんでダイチにだけ魔力があるんだろ?」
「……ダイチの家系は元々異世界にいたとか?」
「それある〜! そうかもね! だから魔力あるんだよ!」
「え、えぇ?」
となると、大地さんの先祖はこの世界からあの儀式を行なってあっちに定着したというわけになるが……。
6人も犠牲にしてあっちに住み着いたのか……。
「じゃ、ダイチは私が魔法を教えるね!」
「わかった。毛利殿は私と来るが良い」
「よ、よろしくお願いします」
二人の強化合宿、始まり始まり。




