少年少女、前を向け
本を読み進めていく。
すると、大地さんは気になる本を見つけていた。異界に行く方法という、転生者が書いた本だった。
著者は久野 雄大という人。
開いてみて、大地さんは音読をしようとしていたが。
「その本はこの世界の言葉でも訳されてるから私らでも読めるよ」
「ほんとだ……。律儀に本文の隣にこっちの世界の文字が書いてある……」
「異界なんてあるわけねえだろ。こういう都市伝説はあるよな」
「えっと……え」
と、内容を先に読んでいた大地さんの顔が青ざめていく。元の世界に戻るためのヒントが書いてあったのだろうが……。
嫌な予感がする。元の世界に帰るためには。
「どうしたんだ?」
「……あ、ああ、あの、これを試した人っています?」
「いや……試すにも試せんだろ。人として」
「です、よね……」
大地さんは顔を青ざめさせて言葉を発しない。
「おい、教えてくれよ」
「大地さん、書かれてる内容は?」
「……元の、世界に戻る方法、です」
「お、なら俺らは帰れるってことだよな!?」
「いや……その、方法が……」
「方法が?」
「その、音読します、ね……。異界に行くには代償が必要。3日しか留まることができない。異世界に行く代償は人間3つ……。留まるには6つが必要だ」
「……っ!」
要するに、二人が元の世界に戻るには12人の命が必要ってことかよ。なかなかえげつねぇな。
たしかに人として無理だわ。だけど、あのテロリストたちはこの手順をやってあの世界に行ったわけだろ? 何人の命が犠牲になったんだ……。
「命が必要な理由はただ一つ。一度死亡し三途の川を経由してあちらの世界にいく……。船に乗るための六文銭が人の命なのだ」
「……なるほどな。六文銭」
「私たちが戻るには12人も殺さないとならないんです、ね」
そりゃ無理だ。
私たちは人を殺して喜ぶような人間じゃない。むしろ、大地さんと委員長は誰かを犠牲にするのをひどく嫌う。
私も戻れるとしても、犠牲にしてまで戻りたくないな。
「無理だね。僕たちにはできない。この世界に骨を埋めるしかないようだ」
「です、ね……。帰れないと断定されて、ちょっと寂しいです。あっちでは私のお母さんとお父さんが、私の行方を探してると思うと……」
「……やめろよ。僕も泣いてくるだろ」
二人にとっては、辛いんだろうな。
二人はあちらの世界では生死が確定しているわけじゃない。私は殺されて死んだ。死体があちるに残ってるからこそ、そこまで悲しくはなかった。
だけど二人は……。死体すらあちらに残らない。あっちとの思い出は消えていくばかりだ。
二人の両親はきっと、死んでないと諦めずにずっと二人の帰りを待ち続けるのだろう。
帰ることはないとも知らずに、ずっとずっと。異世界にいるというメッセージすら、送れない。
「どうした?」
「ちょっと二人だけにしてあげて」
「は? ここは……」
「サイトゥー。二人にして差し上げよう。悲しいことがあるんだ。脇目も振らず泣きたい時もあるんだろうさ」
「……ちっ。早くしろよ」
そう言って二人は研究棟から出る。
すると、キースさんが何か獲物を捕らえたのか鳥の首根っこを掴んで歩いてきていた。
「もういいのか? と、二人は?」
「泣いてる。キースさん、ちょっといい?」
「……どうした?」
「二人について、大切な話があるんだ」
私はキースさんにもあの二人のことを話すことにした。
異世界に戻る方法が判明したと告げると喜んでいた。帰らせることができるんだと笑顔になっていた。
だが……方法を聞いた途端、その笑顔は消える。
「なるほどな。となると、エレキたちの世界に行ったこちらの世界のやつはたくさん人を殺して……。何人行ったんだ?」
「えーと、7人くらいだったかな」
「となると21人も殺したのか……。嘆かわしい……。人の命をなんだと思ってんだ……」
「だから二人はもう帰らないことを決めたみたい。人を犠牲にして戻るのは、罪悪感が凄いんだと思う」
「そうか。そうだな。じゃあ、仕方がない。あの二人は俺の屋敷で雇うよ。骨を埋める覚悟をしたんなら、働いてもらう」
「そっか」
「俺も……あの二人が人を犠牲にしてまで戻ろうとする冷血漢じゃなくてよかったと思っているよ。ホッとした。けど……可哀想だな」
「うん。本当にね。私はあっちで死んだから死体はあっちに残ってるけど、二人は両親に別れを告げられないまま、何もかも残さず消えちゃったからね。ありがとうとか、大好きとか言いたかっただろうに」
キースさんも二人の気持ちを理解してしまったんだろう。
少し悲しげな顔をしていた。
「俺も……父さんと母さんにありがとうとだけでも伝えておくか」
「そうした方がいいよ。特に冒険者なんてやってんだからいつ死ぬかわからんし」
「そうだな。そうしよう。悪いがこのダックダックを厨房まで届けてくれ。血抜きはしてあるとも伝えてくれ」
「うん」
私はダックダックという鳥を背負い、厨房に向かうのだった。




